DIARY


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2005/01/30
なんだか今日はとても疲れていました。
別に疲れるようなことは何一つしていないのですが・・・。
加えて、なんだかむしゃくしゃもしていました。
それも理由が分かりません。
本当に御しがたいというか、どうしようもない状態でしたので、

↓レコーディングしてみました。
http://web1.nazca.co.jp/hp/bungeibu/mwm.zip

・・・・・・

はい。

ごめんなさい。
本当にごめんなさい。
生まれてきてすいません。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
作曲開始から完成まで20分しかかかっていません。
過酷な日々からの現実逃避です。
たまにあるんです。こういう突発的な衝動。

でもでも、これでもかなり自制した方なんですよ?
本当はAVからサンプリングしたあえぎ声が入ってましたから。

音楽の録音技術とか、音をいじる技術とか、
そんなものばかりが毎日上達して行っているみたいです。
いいのか悪いのか。即席で作った割には音の処理は上手くいってます。
ええほんと、音の処理だけは。

ギタープレイは酷いですね・・・。
リズムは手抜きですね・・・。
ベースは入れ忘れましたね・・・。
人の声を勝手にサンプリングしちゃいましたね・・・。
そして、この曲にオチはありませんね・・・。

うん。
何もかも忘れて、また明日から頑張ります!

(日記にもオチがねえのかよ)
(まあいいじゃん?)
(何一つ良くねえよ!)


2005/01/29
今日は夕方頃からお仕事の打ち合わせでいません。
帰りは早くても明日のお昼過ぎになると思います。
結構重要な話し合いですので、気合を入れてやってこようと思っています。

話は変わりますが、
ここ数日、なんだか早くも紀行に春の匂いを感じます。
一月には毎年そういう日が幾日かあるものですが、
ここまではっきりしているのは珍しいと思います。
二月にもなれば、また戻るのでしょうか。
なんだか、遅く来た冬がすぐに去って行ってしまいそうで、
少し寂しい気持ちでいます。

特に昨日の夕焼けはほとんど春のそれだったように思います。
視界に入る所にはまだ雪が残っているのに、
それはなんだか現実感がなくて、不思議な光景でした。
幻想的、と言ってもいいのかもしれません。

私は空を見ているのが好きです。
毎日見上げます。何回も見上げます。
大気の匂いを嗅ぎます。風の音を聞きます。
おかげで、天気予報を全く見なくても、
仙台の天気は大体予想がつくようになってしまいました。
そうやっていつしか身についていった物が、
『なんだか変だね』と、告げてきます。
昨年度の四季は逆にとてもきっぱりしていて、
それにも驚いたのですが、今年度は春先からとてもおかしな紀行でした。
唯一、夏だけがはっきりとやってきて、少し安心していましたが、
今度は去り際を逃しているようにも感じて心配したりしました。

あと数ヶ月で、また春が来ます。
私は春を愛します。
今度はどのような姿を見せてくれるのでしょうか。

春めいた夕焼けを雪の残る路上から見上げながら、
冬の中で私は遠い春を待つのです。
まもなく立春ですね。


2005/01/28
昨日の夜に書いた日記について、
早くもお一人からメールを頂きました。
心から感謝いたします。
大切に読ませていただきました。
決して無駄にはいたしません。

よくよく考えてみれば、
過去に三角関係を実際に体験した人にとって、
その内容を教えてください、というのは非常に無礼にあたるな、と、
少し反省した次第です。
ちょっと考えが安易でした。
そう、心から思うほどに、その送ってきてくださった内容は真摯で、
私は言葉に詰まります。

これほどの想いを、私はシナリオに込める事が出来るのでしょうか。
これほどの切実さを、私はこの物語で歌う事が出来るのでしょうか。
正直、自信がなくなり来つつあります。

精一杯書きます。お約束します。
ありがとうございました。

---------------------------------

今、午後11時40分を少し回った頃です。
先ほど、寮の友人達から、
『星が綺麗だから屋上で酒を飲もう!』という、
非常に嬉しい誘いがありました。
厚着して行こうと思っています。

星を見るのは好きです。
子供っぽいと笑われる事もあるのですが、
なんだかあの無限の光の群れのどこかに、
まだ見知らぬ誰かがいるような気がして、
私がそうするように、その人も今、空を見上げて、
まだ見ぬ誰かに想いを馳せているのではないか、
そんな風に思います。

この広い宇宙の中でなら、どんな可能性も存在しているような、
不思議な気持ちに素直になれるのです。
そしてまた同時に、今自分がこの場所に立ち、
そのような想いに時を過ごしている事が、
純粋にとても不思議なのです。

存在。この不思議さ。
私を私と認識している私がここにいる。
その神秘。
受け継がれてきた命の重さ。
私は誰かにこの命を手渡す事が出来るのでしょうか。

ああ、友達が『早く来い!』と大声で呼んでいます。
ちょっと怒っているようです。
行ってきます。


2005/01/27 夜
う〜ん。昼間に面白い記事を書いてしまったから、いまいち書くことがない。
ちょっと困りながら本日の正規日記です。

ああ、そうだ。
ちょっと皆さんに聞いてみたいことがあったんです。
えと。三角関係ってどう思います?(笑)

ああいや、私が現在そういう状況というわけではなくて・・・。
現在私が書いているシナリオが、
どうもそういう形に発展しそうですので。
それがどうにも、難しいんです。

私は自他共に認める恋愛ベタだったりします。
今まで上手く行ったためしがない。
そんな人間が、そういうシナリオを書いてもいいものかと。

シナリオの三人の状況は結構複雑です。
クラス中の公認カップル(実際にはまだ付き合っていない)二人。
その女の子の方ととても仲のよいもう一人の女の子。
この女の子がカップルの男の方に惹かれてしまった、
そのことに自身で気付いてしまった。
そんな状態から話は始まります。

いやあ、最初に『複雑です』、とか言いましたが、
結構現実に溢れているありふれた話しかもしれませんね。
ところが私はそういう話にとんと疎くて、
書いても書いても、どうにもリアリティがない。
で、ちょっと皆さんに聞いてみようかなって。

この、惹かれていることに気付いてしまった彼女が、
想いをちゃんと伝えられるまでには、
一体どのようなプロセスがあるべきなのでしょうか。
もちろん、個人差はあると思いますが、
そういった情報無しで、ナマの声を聞いてみたくて。

もし、参考にしてもよいという方がいらっしゃいましたら、
病弱な花々TOPよりメールを下さい。
突然ですが、よろしくお願いします。
シナリオは長い期間をかけて書く予定ですので、
のんびりで結構です。

それにしてもそろそろ私もいい年なんだから、
恋愛をマジメに考えてみる頃合なのかもなあ。


2005/01/27 お昼
面白い記事があったので、正規の日記に先駆けて皆さんに紹介します。
『才能という創造』。
1、2とあるので気をつけて読んでみてください。

これは以前、たまたまネットで出会ってから私が毎日興味深く読んでいる、
鏡裕之さんという、18禁ゲームのシナリオライターさんのブログ記事です。
ブログのTOPはこちらになります。ブログタイトルは『乳の書』です。

鏡裕之さんは『Heaven's Mirror』という自分のサイトも持っていて、
そちらのコンテンツであるAcademyを読んで、
私は恋愛ゲームシナリオを書くための準備の仕方を知りました。
もう、一年以上も前のことですが。
テキストエディタの存在もこのサイトで知る事が出来ましたし、
今現在執筆しているシナリオのプロットの組み方も、
私はこのAcademyで学びました。

さて、紹介はこの辺りで充分でしょう。本題に入ります。

音楽や物書きを長い事やって来たせいでしょうか。
私は今まで、何度となく『才能』という言葉を耳にしてきました。
それらは主に周囲の人間からの声でしたが・・・。
(そういえばGotoSでの相方、MMからは聞いたことがないなあ)

こういう分野では、行き詰るとすぐに出されてくる便利な言葉が、
この、『才能』とやらだったりします。
私もたま〜に、『才能が云々』といったような趣旨の話を聞かされたり、
また、希少ですが、メールを貰ったりすることもあります。
鏡裕之さんは現役バリバリの売れっ子シナリオライターですので、
恐らく、この言葉を投げかけられる機会は、私の比ではないと思います。
そしてその多くは、鏡さんのようなシナリオライターになることを夢見て、
それに至る道が分からずに右往左往しているアマチュアからでしょう。

今回、鏡さんはこの『才能』とかいう面倒で便利な言葉に対して、
非常に面白い考察を行っています。
それは鏡さんの実体験に基づく事ですので、なおさら説得力があります。
詳しい話は実際に記事を読んでいただくと言う事で。

ああそうだ。
記事の「1」の方の『コメント』も読んでみてください。
『コメント』は、各記事の右下にあります。
クリックし、展開して読んでください。
ここで鏡さんは大変きつい事を真摯な態度で訊ねています。

 酷なことを聞きますが、あなたは自分に才能を感じていますか?
 感じていないとすれば、机上の空論で蓋然性も説得力もありません。
 『才能とは他人との差異の中で知覚するもの』という反論に対して。

辛辣な言葉ですが単純明快で、
私は逆に相手への思いやりすら感じました。

実は最近、私もよく『才能がどうの』とかいう話を、
メールや口頭で聞かされることが多いです。
いつも返答に困っていました。
この一連の記事がその解答になるかなって。
私には何も語る言葉はありません。

一つ言えること。
才能がどうのと悩む暇があるのなら、
自分に出来る事を精一杯やれば良いと思います。
自分に出来ない事をちゃんと把握して、
諦めて得意な所を伸ばすなり、
頑張って克服するなり、選べばいいと思います。
時間を有効に使えられれば、または、使う気があるのならば、
少なくとも、悩んでいる時間は無いはずです。

というわけで。
ええと、私なんかにメールで『才能』について相談を下さる、
切実に日々悩んでいる方々へ。
ぜひとも鏡さんという才能ある方の言葉を受け止めて、
自身と向き合ってみてくださいね。

以下は蛇足です。

それにしてもこの反論コメントを書いた方って18歳未満ですって。
凄いですね。「2」の方の記事にもコメントがありますが、
残念ながらその論理展開には矛盾点が二つほどあります。
でも、この調子で行けば、きっと素晴らしい『才能』を、
いつか私達に見せてくれそうです。
密かに応援中。


2005/01/26
感情のコントロール、と昨日の日記で書きました。
ええと、結論から言うと、私にもできません(死)
逆に言えば、感情がどうにも一つところで落ち着かず、
それが時折暴発して、音楽や詩という形で現れています。
でも、いつもそうじゃいけないなあとも思っています。

例えば、人の話を聞くとき。
誰かと議論する時。
もし感情が先に立ってしまったら、
それらは一番よい形では成立しなくなってしまう。
どうにも難しいものです。

私の場合、音楽や詩を形にする時には全く逆の作業を行います。
神経を張り詰めて、感覚に従って。
感情の流れに身を任せて。
そのまま激流に流されて一気に形へ。

中間にあるのが物語や小説でしょうか。
たま〜に勘違いされるのですが、
物語においては、私の感情や心情、思想などは、
逆に反映されない事も多かったりします。
狙って丸出しにしている場合ももちろんあります。
これはどういうことかというと、
物語で語られる言葉や想い、思想は、
必ずしも私個人の考え方を反映してはいない、ということです。
物語を書く方ならもしかしたら理解していただけるかもしれませんが、
物語中の人物群は、あくまでその個々で個性を持った、
自分とは全く別の、一つの他者です。
もしかしたら驚かれる方もいらっしゃるかもしれませんが、
例え自分が書いた物語の主人公であっても、
「どうも、こいつの考え方は理解できない」と思うこともあります。
最近の例で挙げれば、とても愉快な事に、
実は、今私が書いているシナリオの主人公がそうだったりします。

時折、私が書いた作品の感想などを頂くのですが、
どうも、「物語に流れる思想=作者の思想」だと、
そういう風に理解していらっしゃる方もいるようで、
「あなたはこう考えているようだけれども、私はそうは思わない」という、
感想としての声を聞くこともあり、
少々困惑する事もあります。

詩において言えば、これは間違いなく感情の純度100%です。
私そのものと言ってもいいです。
私が実際に思ったこと、感じた事。心の声、そのままです。
詩においてすらも自分に嘘をつく人間もこの世にはいますが、
私はそういう器用な事はできないようです。
(前にそういう詩を書こうとしたら、酷いものが出来た経験があります)

時と場合により、感情を制御する事。
ちゃんとした大人に求められる、当たり前なことですよね。
でもやはり、難しいことには変わりありません。
これが完璧にこなせる人間は、そう多くないと思います。
だからといって、いいかげんで良いわけもなく。
せめて文章を書く時くらいはちゃんと区別したいと思っています。
後で読み返せるのが文章の良い所の一つだと思いますし。

昨日の日記を、私は平静に書いたつもりでした。
でも、今読み返してみると、やはり感情的になっています。
あえて修正はしないでおこうと思っています。
忘れないように。後でまた思い出せるように。
自戒です。

これで少しは成長できたなら良いのだけれど。

-------------------------

掲示板で指摘してくれたTh、サンクスでした。
ところで、あなたがこの前遊びに来た時に、
私の部屋に置いていったお酒はもうすぐ飲み干してしまいそうです。
またよろしく(?)


2005/01/25
現在、2005/01/26 06:20 です。
なんだか25日の夜9時くらいに熱が出て、日記を書けませんでした。
というわけで、翌日に書くという反則技です。

あるブログの記事を見て、どうにも憂鬱な気持ちになりました。
まあ、内容は私が好きな作者さんの最新の作品を、
クソミソに言われてたから、なんですが。
ブログの内容は非常に長文でしたが、頑張って読んでみると、
世界を綺麗事で捉えて、そのまま終わらせている、という趣旨でした。
なるほどな、と思いましたが。

何になるほど、と思ったかというと、
ああ、人によって捉え方がこうも違うのだな、と、
変に納得したということです。

その文中に、今回の作品との比較として上げられている同作者の別の作品には、
目も覆わんばかりの酷い情景描写が繰り返し出てきます。
その世界はもう終末へのカウントダウンを止められない、
人間という種の寿命が間近に迫り、
みな自暴自棄になっている、そんな世界です。
オモテには現れていませんが、
世界規模で、様々な宗教や文明が勝手な事をわめき散らし、
他人をそれぞれの勝手な倫理と道徳で虐殺しているような、
絶望的な末期の人間世界です。
そんな酷い場所の片隅で、迫る死に向き合いながら、
心からの愛を与え合う男女の話が、その作品でした。
物語の大方は、その男女の視点で始まり、
その男女の視点で終わっています。
世界は確かにひどいことになっていますが、
なにも力のない二人はそれに何も関わる事も出来ず、
ただひたすら自分達の生活に向き合います。
そして、綺麗なもの、美しいものを作り上げていきます。
とてもささやかな幸せを願って、懸命に生きていきます。

どうしてもウェイトがその二人の話で終始する為に、
パッと見の印象は確かに綺麗事に見えてしまうかな、と。

批判する側に想像力が足りない、とは言いません。
読み手にその辺りをちゃんと伝えられない、
つまり作者の力量が不足している、とも言えるかもしれませんし。
ただ・・・。なんとなく虚しくなるのは事実です。

私は最近、かつてから持っている自分の持論に確信を強めてきています。
それは、もし、世界(人間の歴史)を散々な形で終わらせる事になった時、
その要因を突き詰めてみれば、もしかしたらそれは、
想像力の欠如が問題なのかもしれない、ということです。
誰かが痛いと思うだろう、誰かが辛い想いをするだろう。
そう思うこと。リアリティのある問題として想像できる事。
これって小さな事だけれども、非常に大きい力を持っていると思います。
ジョン・レノンの『イマジン』の歌詞にも、繰り返し繰り返し、
「想像してみてください」という言葉が使われていました。
なんとなく、そういうことなのかなって。

とか何とか言って見た所で、
そのブログを読んでいない皆さんにはチンプンカンプンですよね。
えっと、↓ここです。
http://sakurameiru.seesaa.net/article/1651342.html
参考までに。

まあ、個人的に障害児教育教員養成課程なんていう、
そんな所で勉強しているせいかもしれませんが、
ブログ文中にある『身体障害者をモチーフとして作られた』云々には、
ものすごく嫌悪感を抱いたりしましたので、
ちょっとこのブログを厳しい目で見てしまったのかもしれません。
素人が下らない先入観で便利なロジックとしてだけ使いやがって!

このブログで書かれていることについては、
まあ、感情が先に立っていて、所々で論理が破綻してはいますが、
頑張って書いているなあとも思います。
暇そうな人だなあとも思いましたが。
でもまあ、最初から貶めようとして書いているのも丸わかりなので、
このブログを書いている人間がその矛盾に気付く事はないでしょうね。
感情のコントロールというのは非常に困難なものです。

それにしてもネットって言うのは便利な反面、
誰でも言葉を発信できるのが本当にマズイですね。
元々、世界に言葉を発信できたのは選ばれた人、つまり、
多くの人が『この人の言葉は聞く価値がある』と、判断した人だけでした。
それが今となっては・・・。
私のこの日記のように、つまらないことでもダダ漏れに公にされます。
難しいですね。
未だに日本人は面と向かって物事をはっきり言えません。
それが美徳でもあったのですが、
匿名性の高いネットが普及した今、その内面にあった醜いものが、
はっきりとした形で、手軽に、実に明確に、
オモテに流失し始めています。
困った話です。

さて、話しが脱線しましたが。
上にURLを貼ったブログの内容は非常に長文ですので、
お暇があればご覧ください。
読んでくださった方には、ぜひ聞きたいです。

あなたはどう思われますか?


2005/01/24
昨日のエレガントな気持ちはどこへやら。
本日も一日中シナリオ執筆です。

現在書いているシナリオは、『おまけシナリオ』といって、
あくまでその次に書く予定の本編シナリオの蛇足のようなもの。つまり、
ゲームをやってくれた人への感謝を込めたお遊び的なものなんですが・・・。

なんだか、大変な分量になってきましたよ?

当初は、原稿用紙で50枚から多くて100枚ほどの物を予定していました。
一晩ほどで50枚分量くらいの物を書き上げたのですが、
後で見返して、「ああ、ここはこうしたらもっといいなあ」とか、
「お、ここにこんな場面を入れよう」とか・・・。
いつもの悪い虫が働き始めました。

ぐはっ?! もうじき200枚分くらいになってしまう!

『おまけシナリオ』を書き始めてから四日が経過しました。
効果音やその他諸々の仕事も平行しながら書いていたこともあり、
自分の書くペースにもちょっとびっくりしていますが、
それより何より・・・。

このペースで書き続けたらいつか死んでしまう。

あくまで現在は『おまけ』だからいいんです。
でも、この後には本編のシナリオが待っています。
実は昨日から平行して書き始めているのですが、
『おまけ』につられて、そっちも分量過多傾向に・・・。

元々、本編は三本のシナリオがありますので、
全部あわせて原稿用紙で3000枚分程の規模になる予定です。
それがもっと増えると言う事は・・・?

締め切り、三月末なんですけど。

太陽に向かって爽やかに『無理だ・・・』とか言いたくなりました。
何とかして自分をコントロールしなくては。
3000枚分なら、私のペースを考えると丁度二ヶ月で書き終わります。
一日平均、大体50枚くらいの分量で書いていますので。
単純計算で、50×2ヶ月(=60日)で、3000枚ですね。
ただ、これはコンスタントに、安定して(そして体調を崩さずに)、
書ききった場合の話しですね。
ちょっとでも誤差があると、速攻でピンチになります。

だからつまり・・・分量が増えると言う事は、
それだけ死に近づくという事でもあるわけでして。
ほどほどにしておかないとな、と、自分に言い聞かせています。

どうなるのかはまだ分かりませんが、
書きたいことが沢山あるのも事実です。
それに・・・、
これはまだ、どうなるのか分からないのですが、
この作品がゲームシナリオライターとしての引退作になるかもしれません。
だから尚更、限界まで書いてみたいんです。
あ、もちろん普通の物書きは続けます。
それは多分、音楽と共に一生続けます。

大変な事も、何もかも、私は全て自分が好きでやってきました。
今後もそれは変わらないと思います。
だからこそ、全力投球で。
やってみようと思っています。

うん。過労で死にかけてもいいや。


2005/01/23
本日は大学の講義の課題の為に、
クラシックのコンサートに行ってきました。
コンサートと言っても、私が行ってきたのはちょっと特殊な演奏会で、
仙台市内にあるレストランを借り切ってのディナー付きの物でした。
演奏はグランドピアノ一台っきりです。

いやあ、久しぶりに素晴らしい演奏を生で体感できましたよ。
特に中盤に演奏されたショパンのポロネーズ三連発は圧巻でした。
でも実は昨日、あまり体調が優れず、頭痛がしてきたので、
『高音の早いパッセージはやめてっ! 助けてお母さん!』と、
ずっと心の中で叫んでいましたけど。
ポロネーズはそういう勇壮なフレーズが多いんです。

終盤に演奏されたドゥビュッシーがあまりに素晴らしくて、
まるで夢の中にいるような心地がしました。
放たれた、一音の凄さ。
鏡のような水面に波紋が広がっていくような深い響き。
そして紡がれていく遠い情景。
良い物を聞きました。
表現手法も方向性も私が目指すものとは対極ですが、
あの一音にいつか辿り着けたらな、と思いました。

道は遠くて、空はあまりに高く、海はその深みを覗かせます。
ほんの少しずつでもかまいません、
そこに、永遠に近づいていけたなら、と、
私は心から願うのです。


2005/01/22
ガキの頃から夢見てた
ガキの頃から見上げ続けてきた
あの空はどうしてあんなにも遠いのだろう
この背にはどうして翼がついていないのだろう
這う事しか出来ない人間に生まれついてしまった
この身をどれほど呪っただろう
太陽に焼かれて落ちたイカロスをどれほど羨んだだろう

誰にも届かない所で空はその表情を憂いに翳らせるから
それがあまりに孤独だから
こんな地べたで手を伸ばし続けるんだ

鳥の詩が聞こえる
お前は空の深さを知るだろう、と
優しい歌が聞こえる

どれほど願えば
どれほど想えば
どれだけ叫べば
どれだけ手を伸ばせば

今日も空を飛ぶ夢を見た
明日も見るだろう
眠りの奥の哀しい自由よ
孤独を照らせ
空よ お前は時に優しすぎて
這いつくばるこの心を壊す

ガキの頃から夢見てた
ガキの頃から見上げ続けてきた
この背中に翼はなかった
持つものと持たざるもの
今は そんなものが存在しないと分かっている
空は 誰の胸のうちにもある
誰の頭上にもある
あり続ける


2005/01/21
思ったよりも帰りが遅くなってしまいました。
こんばんは。後藤あきらです。

先ほど『病弱な花々』のカウンターを見たところ、
なんと、9000HITを超えていました。
本当に驚きました。ありがとうございます。
見るべき物の少ないHPですが、とても嬉しく思っております。
最近シナリオ執筆などの為に滞っているHP掲載のための作品も、
折を見て追加して行きたいと考えています。
昨年からずっとお待たせしている、
『病弱な花々』初の連載予定作品、『On Your Mark』も、
少しずつ少しずつ書き進めていますので、
いずれ皆さんにお見せできる事だろうと思っています。

現在書き進めているシナリオのお話しでもしましょうか。

一つ、短いおまけシナリオを書き上げました。
これは先に発表した物を購入してくださった方のための、
お礼としてのお遊びシナリオです。
見る人が見ればニヤリとするようなネタを分かりやすく詰め込んだものでした。
オリジナリティという意味では程度の低い作品ですが、
元々ある設定とキャラクターを使っての全力の遊びは、
この上なく楽しく、また、愉快なものでもありました。
良い気分転換にもなったと思います。

さて、そういう寄り道も終わりましたので、
いよいよ明日から本格的な作業に入ります。
すでに物語のプロットは今出来る限界まで練り上げました。
これからはリアルタイムでの戦いです。

世の中に多数存在する物書き。
もちろんその人間達は皆、全く違う一つ一つの個体です。
そうであれば、なるほど、物の書き方も変わってきて当然ですね。
プロットを練り上げた、と書きました。
でも、私の場合、用意したプロットはほとんど役に立った試しがありません。
書くうちにどんどんキャラクター達が自己主張してきて、
『お前の考えた流れは居心地が悪いよ!』と、不平を述べてきた挙句、
『こっちが正解だ』と勝手な事を言っては、
全く予期しなかった方向へ私を無理やり引っ張っていきます。
もちろん、私がまだ未熟だからかもしれませんが、
なんというか、キャラクター達の生の声を消したくなくて、
いつも苦笑いしながら、でも一方で、期待に胸を大きく膨らませ、
全く何が起こるか解らないその流れにキャラクター達と飛び込んでいきます。
それは非常に楽しくて、スリリングな体験です。
しかも、その導かれた結末が美しい物であった時の感動と言ったら・・・。
物を書いていて良かったと一番強く思うのは、
まさにそういった瞬間だったりします。

物語をプロット通りに秩序の統制下に進めることが、
海図を見ながら目的地へと順当に辿り着く行為であるとするのなら、
私のようないいかげんな書き方は、
あるべき航路を外れ、全く新しい未知の大陸を探すようなものです。
そこで発見するものが常に楽園とは限りませんし、
もしかしたら途中で予期せぬ嵐にあって沈没するかもしれません。

でも・・・。

今夜もクセの強いキャラクター達、
彼、彼女らに両腕を取られ、顔だけは困ったフリをしながら、
まだ見ぬ輝きに向かって走ります。
その喜びと興奮を、しっかりと感じながら走ります。


2005/01/20
今日は夕方から明日の夜にかけてちょっと私用で出ますので、
早めの日記です。

嬉しいことがありました。
以前、この日記でも紹介させていただいた田中ユタカさん。
『愛人 AI-REN』という、私にとって非常に大切な漫画の作者様ですが、
実は去年、田中ユタカさんのサイン会が東京で行われていたんですね。
その時期は私も忙しくて、泣く泣く行くのを諦めたのですが・・・。

なんと! 友人が代わりに行って来てくれていたんです!

しかも、田中ユタカさんに、
『先生の作品を本当に愛している人間がいるのですが、
 今日は事情があって来れないんです』と、伝えてくれた所、
なんと私の分も快くサインしてくださったらしくて・・・。
「後藤さんによろしくお伝えください」という、
暖かいメッセージまで頂いてしまいました。
そして、そのサイン本が昨夜届けられて・・・。

そこには、田中ユタカさんのサインと、
ありがとうございます、のメッセージ。
そして、あい、という、
『愛人AI-REN』のキャラクターが優しく微笑んでいました。

ええと、私、ちょっと泣きました。
純粋にとても嬉しかったのです。
それと同時にとても感銘を受けました。
あのサイン会では300人以上のファンが集まったそうなんですが、
その全ての人にしっかりと握手をして、
言葉を交わし、
次々に差し出される本の一つ一つに、
書き殴りではなく、想いを込めてメッセージと絵を描いていたそうです。

こういう人が、この世界にはいる。
そしてこういう人が、全身全霊を持って何かを作り上げている。
このことが物書きの端くれの私の胸を本当に熱くさせます。

嬉しいことがありました。
そしてそれは私に大きな想いを抱かせました。
今書いているシナリオも、決して妥協せずに、
想いの全てを込めて、書き上げようと思います。
誰かを幸せに微笑ませるものになれば、と思います。


2005/01/19
今日は一日中シナリオを書いていました。
いやあ。楽しい。楽しいです。
今回書いているシナリオは、
前に書いていた物の番外編みたいなものですので、
キャラクター達との距離感もしっかりしていて、
すぐさま世界に没入していけます。

今日はミニシナリオを書いていたのですが、
なんだか今夜中に終わりそうな気配です。
一気に書いていきたいと思っています。

それでは、短いですがこれで。
(シナリオの勢いを消したくないので・・・)


2005/01/18
やっとこさ仕事が動き始めました。
さあ、ジェットコースターのような旅のスタートです。
今回はかなり気合を入れてシナリオを書く予定ですので、
今から楽しみで楽しみで、体が疼いてしょうがないです。
おまけ的なシナリオも書くことになりました。
これがまたスパイスの効いた内容になりそうです。

プロットと呼ばれる物語の設計図のような物を、
先ほどメンバーに読んでもらったのですが、反応は中々でした。
久々に手ごたえを感じています。
後は突っ走るだけですね。
明日から言葉漬けな生活を始めます。
最近、音楽で遊べるだけ遊んでおいてよかった・・・。

とにかく興奮しています。
先ほどちょっと計算してみたのですが、締め切りの関係などから、
一日平均で原稿用紙五十枚ずつ位のペースで書いていくことになりますので、
立ち止まっている暇も無さそうです。
一応、一通り完成したら推敲する予定でいます。

うし。がんばるぞ。

-----------------------

昨日書き忘れましたが、TOPテキストを更新しました。
十代を一緒に駆け抜けた大切な友人へ捧げます。

お互い、思えば遠くへ来てしまったね。


2005/01/17
Thの卒論が無事に終了し、同時に就職の内定が出た模様です。
これからお祝いに一緒に呑む事にしました。
こういう嬉しいNEWSを聞くと、
なんだか目の前が明るくなるような気がします。

それでは、短いですがこれで。


2005/01/16
それまでぼんやり見つめ続けていた窓の外の雪も、
すっかり夜の闇の中に消えかけていた午後5時くらいのことでした。
寮に住む友人二名が酷く厚着で私の部屋に遊びに来ました。
目を丸くしていると、『雪だるまを作ろう!』と無邪気に笑います。
思わず『うん』と言ってしまったほど、彼らは楽しげでした。

想像していたよりもずっと深い雪を踏み分けて、
道々の明かりに映し出される舞雪の美しさに感嘆を挙げながら、
私達三人は寮を出て目的地へと向かいました。
宮城教育大学のメイン校舎でもある二号館前。
寮からわずか徒歩五分ほどの所に、大きな雪だるまを作りました。

センター試験の会場でもあった宮城教育大学も、
その頃にはもう静まり返っていて、
時折通り過ぎていく車の音と、
自分達の荒い息遣いしか聞こえません。
今日は気温が高かったためか、雪は所々で凍り、
またその上に柔らかい粉雪が延々と舞い降りていました。
時折その雪の中へ思い切り飛び込んだりして遊びながら、
私達は雪だるまを作り上げ、
満足げな顔でお互いに写真を撮りあいました。
それはとても誇らしく、また嬉しいものでもありました。

宮城教育大学生の皆さんへ。
明日の朝、大学の二号館前に来た際に、
不気味な巨大ガチャピンらしき物が鎮座ましましていましたら、
それは私達の心のこもった思い出の品です。
お願いだからドロップキックとかしないでください・・・。

いや、本当にしたくなるようなデキですので。
この忙しいのに何やってんだか。


2005/01/15
孤独は好き
どこまでも静かな地平で
いつまでも泣いていてもいいから

一人は好き
沈黙と静寂を理解しない人々の
下卑た魂に触れないでいられるから

音楽は好き
しじまの中へそっと
波紋を残して消えていくから

木は好き
ただそこにあるという事が
あり続けるという事が
いかに偉大な事かを教えてくれるから

空は好き
いくら手を伸ばしても到底届かない
そんなものがこの世に存在するという事をちゃんと教えてくれるから

海は好き
幾度も繰り返す波が
ただの一度も同じ繰り返しがないのだということを教えてくれるから

孤独は好き
愛しいと思う気持ちが
ほら、こんなに素直に大きくなっていくから


2005/01/14
今日は久方ぶりに寝過ごしてしまいました。
どうも疲れているようです。

普段の私の生活は・・・。
ほぼ毎日午前八時頃に起床し、就寝が午前四時か五時くらいです。
今日はふと目覚めたら午後十二時半近くで、
一瞬まだ夢を見ているのかと思ってしまいました。
なにか綺麗な夢を見ていたのは覚えていますが、
寝すぎたためか頭がぼんやりして、どんな内容かも忘れてしまいました。

寝ないのもダメですが、寝すぎも良くありませんね。
今日は一日のペースをすっかり崩してしまって、
なんだか全然仕事になりませんでした。
ちょっと寝過ごした理由について考えてみたのですが、
ようやく思い当たったのは、
二日間連続でレコーディングをしたから、というものでした。

レコーディングは純粋に楽しいのですが、反面とても疲れます。
神経を極限まで張り詰めて音に集中しなければなりません。
やっている時は全く気にならないのですが、
いざ終わると眩暈がすることもあります。

とりあえず一人でも無事でレコーディングが出来た事に安心して、
ふと油断してしまったのかもしれませんね。
今日は開き直って静かに本を読んだり、音楽を聞いていたりしました。
実は明日までにやらなくてはいけない仕事がありますので、
それだけはきっちりやろうと思っています。

そういえば。

昨日作った曲がGotoSの相方に火をつけてしまった模様です。
今までやったことのないアプローチでしたので、
どこかで刺激されたのだと思います。
彼が昨日、自分も新曲を作る、と言っていましたので、
近い内に聞けるかもしれません。
楽しみにしています。

それでは、今日はこの辺で。


2005/01/13
昨日に引き続き今日もレコーディングをして遊んでいました。
今日は一人です。
4時間ほどで一曲完成しました。
GotoSホームページにUPしておきましたので、
興味のある方は一度聞いてやってください。
曲名は『rest in death』。私にとって、ある大切な人間に捧げる曲です。
歌はありません。楽器のみの曲です。
5Mbyte程あるのでかなり重いのですが・・・。

実はこの曲、ヴォーカル物にしたかったんですよね。
自分でちょっと歌ってもみたのですが、どうもイメージと合わず。
結局、歌のないまま完成ということにしてしまいました。
どこかにいいシンガーはいないかなあ。

楽曲そのものはジャズ的手法によって作曲されていますが、
正統派の物とは大分違うと思います。
あんまりこういう曲調のものは世の中に無いかもしれません。
私の色が出たという事でしょうか。
歌を入れるつもりで作られたので、曲自体は退屈かもしれません。
音楽に詳しい方なら楽曲を分析して楽しむことも出来るかもしれませんが。
楽曲は後半に行くにつれてインプロヴァイズ傾向が強まります。
インプロヴァイズ=アドリブの事です。
同時に楽曲の構成もどんどん解体されていきます。
こういう挑戦的なことを以前からやってみたかったので、
今回はそれが嬉しかったです。

今回は今までにないくらい音にこだわってみました。
新しい機材とソフトのおかげで、
大分細かい所まで調整できたので、
まだまだ習作ですが、できにはまあまあ満足しています。
プレイそのものよりも音のマスタリングに一生懸命になってたり。
本末転倒ですね。
でもそのおかげで、今までにないくらい深い音でギターを録れたと思います。

新しい機材や音色があると、
それに刺激されて創作意欲もどんどん湧きます。
素晴らしいですね。
感覚が新鮮な今のうちに出来るだけのことはやっておこうと思います。
シナリオの方の仕事が少しだけ心配ですが。
明日は一日中シナリオを書いているつもりです。


2005/01/12
今日はGotoSの相方、MMが来て、
先日導入したばかりの機材と、音楽ソフトについて説明してくれました。
機材の詳細については9日の日記を参照してください。
簡単に言えば、自分のPC環境でレコーディングが出来る、そういう機材です。

使い方を教わるという事でしたが、
もちろん口で説明されただけではチンプンカンプンです。
音楽系の機材やソフトというのは普通のPC機材に比べて遥かに複雑で、
かつ、感覚的なものでもあります。
そこで、一度二人で最初から終わりまでをやってみる事にしました。

最初から終わりまでってなんだよ? って思いました?
ご説明します。

結論から言えば、作曲から、曲を完成させてmp3にするまでです。
もちろん作曲はゼロから始めます。
今回はMMの都合もあり、制限時間は3時間ほど。
作曲から始めてたらとても間に合わないと思いませんか?
正直に言って、私達もそう思っていました。

でも、できちゃいました。

これまで二人で乗り越えてきた活動によって、
確実なスキルが身に付いているのが感じられました。
それと経験によって培われた勘も大きいと思います。
なんと実質一時間半で出来ちゃいました。
一分半ほどの短い曲ですけど・・・。

とか何とか言ったって、作曲をしていない皆さんには、
いまいち実感が湧かないだろうと思います。
作曲から、みなさんが普段聞いているような完成形にまで漕ぎつくには、
幾つかのセクションを乗り越えなくてはいけません。
今日私たちが行った事をちょっと箇条書きにしてみます。

・作曲の方向性を決める
・メインとなるメロディやリズムを決める
・midiでドラムとベースを打ち込み
・軽く補正
・ギターを録音
・歌メロを決める
・歌詞を書く
・歌いれ
・音のバランスを取ったり、補正をしたり
・ミックスダウン
・出来上がったwaveファイルをmp3へ
・完成!

簡潔に書きましたが、大体こんな感じですね。

上の流れを見ていて、「ん? 歌いれ?」と思った方もいらっしゃると思います。
さてさて。それでは具体的な曲のお話をしますね。
そうです。今回の機材導入によって、
実は自宅でヴォーカル録りも出来るようになったんです。
で、できるからにはやらないとダメだろう、と男らしい判断の下、
やらかしてしましました。
結果は・・・。

脳みそが腐っているとしか思えない電波ソングが完成しました。

最高に最低です。
一応、必要だろうという事で曲名もつけましたが、
とてもじゃないけれど公の場で口にしていい言葉ではありません。
さらには、この曲が自分にとっての記念すべき歌モノ第二弾だということも判明し、
(第一弾はGotoSホームページにある『ごきげんドライヴ』という危険物です)
鬱度は筆舌に尽くしがたいほどになりました。

ところで、この曲については一般公開しないことになりました。
そのくらいの理性は残っています。
ですが、この日記を毎日覗いてくださっている方々へ感謝を込めて、
みなさんにだけはコッソリと公開してしまおうと思っています。

『http://www.geocities.jp/ugetsu_maki2000/sozai/2005_01_12.zip』

このアドレスを、必ずコピーして、アドレスバーにペーストしてください。
そうしないと、サーバーに弾かれてしまいます。
アドレスバーにペーストした後にエンターキーを押せば、
ダウンロード窓が開きますので、保存を押してください。
zipファイルの中身は、曲のmp3と歌詞が書いてあるtxtファイルです。
個人で楽しむ限り、もう好きにしちゃってください。
感想はGotoSホームページの方の掲示板にしていただけるとありがたいですが、
病弱な花々の方にしていただいても一向に構いません。
ファイルのサイズは2Mbyte程です。
決して軽くはないのでお気をつけくださいね。

人生という限りある貴重な時間を、
絶望的なまでに無駄に過ごしてみたいという方。
そういう魂の富豪な方へこの曲をお薦めします。
この曲を聴いたことによる弊害(主に自己嫌悪など)については、
後藤あきら、MMともに一切保障しかねますのであらかじめ御了承ください。
よろしくお願いします。

それにしても。

この忙しいのに私も何をやってるんだか・・・。


2005/01/11
お久しぶりです。
サーバーがしばらくメンテナンスをしていた為に、
ネットに上手く繋がりませんでした。
一応、ローカルプロキシは用意してくれたのですが、
設定の関係上、ファイルをアップするのに使うFTPを使用できず、
如何ともしがたい状況でした。
本日から復帰です。

さて、今日は・・・。
なんだか普通の日記を書く気になれませんので、
『国語力』についてお話ししようかと思います。

国語力、と聞いて皆さんは何を思い浮かべますか?
『国語力』という珍妙な言葉は、
ここ数年で(正しくは学力低下問題の前後から)、
マスコミや教育界でよく採りだたされるようになった単語です。
使用されるときの意味は「言葉(文章も含む)の理解力」といった所でしょうか。
他には、語彙なども含む文章作成力や会話の能力なども含まれるかもしれません。
流行に乗って、2年程前には『国語力を鍛える』などといった、
実用書の変形まがいの書籍が多数出版もされました。

国語力・・・。
よく考えてみると不思議な言葉です。そして響きです。
国語、つまりは自国の語ということです。
その力・・・とは?

私は塾講師のアルバイト経験があります。
高校受験生に国語も教えていました。
その際に使用していた塾オリジナルテキストにおいて重要とされたのは、
『読解力』、『文法』、『書籍の背景歴史の知識』でした。
それでは、それらが国語力なのでしょうか。
それが、国語というもの、ひいては言葉というものに必要不可欠な、
重要なスキルなのでしょうか。
『読解力』、『文法』、『書籍の背景知識』が充分に備わっていさえすれば、
国語というものに向かうには充分なのでしょうか。

ここまで読んでいただいて気付いた方もいらっしゃると思いますが、
国語力、そんな馬鹿げた物は存在しませんね。
多重に存在する言葉へと向かう能力たちについて、
便利な言葉でひとくくりにされたぼんやりとした概念です。
本来ならば、ひとくくりにしてはいけない物達です。
この言葉をありがたそうに使っている人達にこそ、
もしかしたら必要な能力なのかもしれません。

国語力。そんな簡単な言葉で片付けられるほど、
言葉という物は懐が狭くはありません。
もちろん、文章もそうです。
真剣に言葉へ日々向き合っている人間にとって、
これ以上侮辱的な言葉はないと思います。
私は受験の時にも文法なんて一つも勉強したことがありませんでしたが、
模試も含め、これまで九割未満の点数を取った事がありません。
そもそも、読解力ってなに?

まもなくセンター試験があります。
それらのニュースをフラフラと見ていたところ、
現代国語関連の記事において『国語力』という言葉が乱発されていて、
少し呆れたので書いてみました。
センター試験には今年も唖然とするような珍問が並ぶのでしょうね。

後藤あきらと病弱な花々は、
全ての受難者である受験生の方々を応援しています。


2005/01/09
ご注意。(2005/01/11 15:33:23)
この日記は、一度サーバーが復旧しかけた1月9日に書かれた物です。
内容に矛盾がありますが、その時の状態をそのまま残しておきたいので、
あえてUPすることにしました。
正規の日記は本日の夜にUP予定です。

----------------------------------

何の前触れもなく二日も空けて申し訳ありませんでした。
宮城教育大学のサーバーが、停電に伴う点検の為に、
一昨日の夜からネットが使えなくなってます。
現在、即席の宮城教育大学のプロキシサーバー経由で書き込んでいますが、
これもいつ使えなくなるのか分かりません。

サボってたわけじゃありませんよ、という報告でした。
サーバーは今夜中に何とかなりそうだと、
情報処理センターの職員の方にお聞きしましたので、
明日辺りからはちゃんとやれると思います。

あっと、今、メールが来たのですが、
このプロキシは後四年間は使用できるとの事。
安心しました。のんびりと続きを書かせていただきます。

一昨日のお話から。
実は一昨日、Yahoo!オークションを利用しました。
オーディオ・インターフェイスという機材が欲しかったのですが、
私が狙っていた種類の機材を市場相場で購入しようとすると、
最低でも¥36,000ほど用意せねばならず、
どうにも辛い所でした。
そこでふらりとオークションを覗いてみると、
なんと現在¥15.500で後三十分後に締め切るという、その機材が・・・。
慌てて¥300ほど足して様子を見てみました。
見事落札。出品者と連絡後、すぐに入金して、待ちました。
昨日、早くもその機材が届きました。
いやあ、素晴らしいです。ほとんど新品同様でした。

これで録音環境はほぼ揃った事になります。
今日、USBケーブルを購入してくるついでに、
160Gbyteの内臓HDDも購入してきましたので、
しばらくは余裕を持って作曲に使う事が出来そうです。
160Gbyteというと驚かれる方もいらっしゃるかもしれませんが、
オーディオを使うと、様々なデータが必要になるので、
なんだかんだでかなり容量を食うんですよ。
3分の曲を完成まで作ろうと思ったら、最低でも1Gbyteは必要です。
そこからMIXダウンされたデータが約33Mbyte、
さらにmp3にして最終的に約3Mbyteまで圧縮されますが。

とにかく、周辺機器もかなり揃ってきたので、
今後の活動にかなり役に立ちそうな気がしています。
後は良いミキサーを購入すればOKでしょうか。
¥50,000くらいしてしまいますが・・・。
また中古なりオークションなりを見て回ろうと思っています。

とかなんとか、ネットで活動できない間も色々とやっていました。
今から少し録音を試してみるつもりです。

それでは、また。


2005/01/06
昨日の日記についての反響が思ったよりも多くて少々戸惑っています。
なんだかなあ。
みなさん、あんまり性について語り合う事は多くないのですか?
なんだかそんな感じを受けました。

まあ、それはどうでもいいや。

昨日の日記に関連して非常に面白かった事があったので、
今日はそれをお話しすることにします。

病弱な花々では、アクセスカウンターというものを設置しています。
一日にどのくらいの方が見に来てくれているのかを調べたり、
どこから来てくれているのかを調べたり、
その統計を出したりするのに便利なツールです。
最近はあんまりチェックしていなかったのですが・・・。

先ほどチェックしてみた所、
昨日書いた日記への検索サイトからのアクセスが跳ね上がっていました。
驚いて検索ワードを調べてみると・・・
『セックス』、『濡れ場』、『性』の嵐。
しかもそういう方に限って日記だけをみてお帰りになっています。
中には『セックス シチュエーション』で検索をかけてきている方もいて、
お前は何を求めてここに来たのかと。
というよりも、お前は何を考えて生きているのかと。

二度と来るなエテ公。

確かにインターネットがこれほどまでに普及した一端に、
セックス産業の力は無視できないほど大きく存在しています。
それはかつての家庭用ビデオデッキの普及にも同じことが言えます。
分かってはいたんですがね・・・。
なんともはや、複雑な心境です。

今度はアレですかね。
ここで『出会い』などと執拗に連呼したら、
またそっち系のアクセスがうなぎ登りになるのでしょうか。
想像しただけで頭が痛くなります。
その時間をもっと有効に使えないのでしょうか。
インターネットを使えるという事、
それはそれだけで非常に大きな武器になります。
持つものと持たざるもの、という言葉がありますが、
インターネットにもそれが充分に適用できます。

結局、あれですかね。
銃火器などの武器は、それ単体では物体でしかない。
それを使うのはあくまで人間だ、と、
そういうことなんでしょうね。
さもありなん。
道理で戦争もなくならないわけだ。

性についての否定はしませんし、
むしろ、積極的に肯定します。
でも、なんだか・・・。
酷く醒めてしまったので今日の日記を書きました。

昨日書いた日記については、
この方この方のように、
期待通りに反応してくれた友人達もいましたし、
そういった意味では非常に実りがある試みだったと思います。
物書きとしての一面をお見せするという意味でも、
ある程度の成功は出来たようです。

私という存在は綺麗な部分よりも汚い部分の方が多いし、
常に蒙昧に囚われがちです。
でも、それだけで済ませるわけには行きませんよね。
自分なりに精一杯のセックス描写を、
今進めているシナリオで展開できたらと思っています。

なんだか綺麗に終われませんが、今日はこの辺で。


2005/01/05
うし、とりあえず仕事は片付きました。
明日から本格的にシナリオのプロットに取り掛かります。
少しばかりエッチなシーンもあるシナリオですので、
少し勉強しなくてはいけないかもしれません。

・・・・・・。

『少しばかりエッチ』どころじゃないかも。
結構、しっかりとした物かも。

私、濡れ場って書くの苦手なんですよね・・・。
実は今までに二桁を越す回数は書いてきています。
しかもその内の4回分は今も商品として売られていたりもします(死)
ま、なんとかなりますよね。

ネタとしてちょっと面白いですから、
今日は私がセクシャルなシーンを書く時の事を書いてみます。
あ、一応私の性別は男で、
そういうシーンを書く時も男の視点から書いていますので、
以下の文章も男から見た視点が強く反映されています。
女性の方には不愉快に思う表現もあるかと思います。
それにかなり突っ込んだ内容になります。
ご注意ください。

さて。

濡れ場を書くのが苦手、と先に書きました。
今までは世の中に出回っている官能小説の類を参考にしたり、
ひたすら妄想を掻きたてて、なんとか言葉にして行ったり、
自分の体験をモトにしたり(恥)
とにかく必死になって書いてきた記憶があります。
まあ、各場所によって求められる文体やシチュエーションが変わるので、
その度にヒィヒィ言いながら試行錯誤してきました。
その中で学んだ事といえば・・・、
幾ら状況が変わっても、している人物達が違おうとも、
結局やってることは変わらないということ。
そして、思ったよりも日本語には艶っぽい表現が多いということ。
トドメに、それらの艶っぽい言葉は、
そのほとんどが一発ネタとしてしか使用に耐えないこと。

まあ、そういったことでした。

しかしまた、どの場合にも共通して言える事ですが、
その場面だけを汗水流して書いてもあんまり評価は貰えません。
なんというか、そこまでに行き着く心の過程のような物、
事情の積み重ねのような物。
それらがしっかりと機能していて始めて、
セックス描写はただの猥雑な表現から解脱するようです。
難しいですね。

そういったセックスその物にはあんまり関係がないと思われる裏の事情、
それらをまとめてシチュエーションと呼んでいます。
とても大切な物です。
それらがちゃんとしていないと、なんだか・・・、
体中を触りあって、適当に興奮して、馬鹿みたいに腰を振って、
はい、昇りつめました〜。キスしてラブラブ〜みたいな、
こうして書いていても、なんともアホらしい物ができあがります。
そんな物に書く価値はない。第一、読んでいる方も面白くないでしょう。

そして、これは『書く』、『読む』という行為の不思議な所ですが、
実際の体験に限りなく忠実に書いても、なんだか受けが悪いようです。
事実、自身がそうやって書いたものを読んでも、
なんとも刺激のない、つまらない物が出来上がっています。
なんででしょうかね。

セックスに、純粋な生殖行動という交尾以上の意味を見出した人間。
そこに快楽と、幸福と、悲哀と、業を詰め込まずにはいられなかった人間。
愛という名前の不可思議。
欲望という名前の衝動。
それ自体がどこかでタブー視されているという禁忌と背徳感。
そんな物の一端に、私は濡れ場を書く時に少しだけ触れているようです。
まあ、現実にはヒィヒィ言いながら資料を漁りまくってるだけなんですけど。

本音を言えば、私はセックスそのものにあんまり魅力を感じません。
一言で言えばめんどくさい(笑)
服を脱がなくちゃいけないっていう事からまず一大事ですし、
相手のことも常に心配してしまいます。
痛くないかな? 大丈夫かな? って。
終わる頃にはすっかりへとへとです。
そして、もう二度としないぞ、とか思います。
でも後日になって、
場の雰囲気に流されてまた服を脱いでいる自分がいたりします。
でも、そういったこともセックスの一部だよなあ、とか、
ぼんやり思ったりしているのも事実です。
本当に不思議な物ですね。

しばしば性欲と愛情の区別について、その境界線について、
真剣に論議されている事があったりします。
そういったことに騒ぐのは大抵男だけですけど。
もしかしたら女性にも重要な事なのかな?
愛情と衝動の区別くらいつけろよ〜って思いますが、
よく考えてみれば、衝動のような愛も存在しますよね。
とかく人の世は住み辛し、です。

気がつけばなんだかどんどん脱線して来ましたが。

強引にまとめると、
今年は濡れ場のあるシナリオを書きますよ、ということ。
そして私はそのシーンを書くのが苦手ですよ、ということ。
最後に、私はセックスそのものが実は苦手ですよ、ということです(笑)
こんな人間でも濡れ場を書こうというのですから、
我ながら本当に業が深いなあと思います。

なんだか蛇足の集大成のような日記になってしまいました。
蛇足の蛇足を付け足して、今日の日記を終えます。

世の中に数多存在する、性に翻弄される人々へ。
貴方達はきっと、間違ってない。
願わくば、パートナーとの良き関係を。
快楽は罪じゃないよ。時として哀しい甘さになる時はあるけれども。
恥ずかしがらずに語り合って、充実した日々をお過ごしください。

それではまた明日。


2005/01/04
うはあ・・・。
長らく放置して申し訳ありませんでした。
遅ればせながら明けましておめでとうございます。
後藤あきらです。

結局年末に実家に帰ってから、
色々と用事や仕事が重なったために、
やっと本日の夕方になって解放されたところです。
今、焦って色々と片付けています。
特にメールが大変な事になってますね。
全部に返信するのに2時間もかかってしまいました。
この日記を書き終えたら掲示板の方へも返信するつもりです。

というか。

クリスマスの時にあれほど言ったのに、
『あけおめ』、『ことよろ』オンリーの、
愛の欠片もないメールが10通近く来ているのはアレですか?

そういうプレイですか?

お返事は一律「あけよろ」にしておきました。
ここまで来るとただの意地ですね。

私個人は明日までかなり忙しく過ごす事になりそうです。
急な仕事が入ってしまったので・・・。
逆にそれが終わってしまったら、
後は夏までに少々長いシナリオを三本書くだけですので、
時間的にも精神的にもかなり余裕が出来ます。

今年は去年にも増して色々とやってみるつもりです。

長い小説を一本書くこと。
旅に出ること。
クラシックピアノとギター二本による曲を書くこと。
他にも思いつく限り。
時間と体力が許す限り挑戦しようと思っています。

HPのTOPもそろそろ変えないと。
詩も追加したいですね。
On Your Markも連載を始めましょう。
やらなくてはいけない事も、やりたい事も山積みです。

それでは、また明日お会いしましょう。

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12月の日記を過去日記に移しました。





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