『十六夜挽歌』

草を踏む帰り道に遠い潮騒を聞く
墨の華を咲かせた夕闇の覚束ない光の中で
変わることの無いようなものを求めさまよう

部屋の中にある東に面した窓枠の下に転がるたった一つの事情は
虚ろに開けた眼窩の窪みに夢を見る
抱き上げて頬擦れば腐り落ちる時の祝祭
振り返れば胸開く乾いた積年

私があの時あなたに告げたいと願ったことを
思いがけず傲慢な手で胸元に突きつけられた時
私は逃げる場所も持つべき銃も失って
慢性的に落ちて行く万有引力の深海へと
酔いどれ船の舳先を向けては裏切られる

  そうです そうです!
  僕が失おうとしていたのは他でもない
  若さとかいう名で呼ばれるただの過ちです!

光 眩くて
あなたの損なわれた感情の贖いの為に
たった一つの嘘を白銀の地平へと放る
あの空はいつかどこかで見上げたような空だ
いつしかどこかで失ってきたもののようだ
それを束の間握ろうとした人々の
色の無い欲望がむずがり笑う
見ては褪めていく美しい夢物語が
さても難儀な正道を照らしては沈黙する

暗幕を引き裂いて逍遥する夜行列車の窓辺に
繰り返し現れては過ぎていくどこかで見たような景色の残骸と
切り替わっては失われていく連結点の青年の劣情白色灯台
通路を歩く物売りの張り上げる声も
どこかで泣く赤子の癇癪も
熱を失ったビフテキの黄土色した脂肪が
喉に張り付いて口元を汚しては
微かな耳鳴りと幻惑を残して消えうせていく

  怪我をしているの?
  怖くないよ 大丈夫
  みんなで神様のもとへ行こうねえ

この道は退廃に彩られた迷い道
九十九折る深山への一本道
やがて色あせた夕闇に十六夜が昇り
私はこうして夢に惑う

この道は
死せる花々の怨嗟に濡れるあなたへの道
通り過ぎては大地に倒れ伏す
この静寂は
歌われることの無かった声亡き者達の断末魔
街角に響いては飲み込まれる歴史に
新たな捏造をあげつらおうか

  車掌が差し出すその手を僕はぼんやりと見つめていた
  彼が何を求めているのか見当はついたけれども
  僕は彼に何も与えるものを持っていないことは明白で
  こんな暗い夜の中で踏み超えるリノリウムの感触だけが
  今ある全てであり消し去ったはずの悪夢だった

光を光として探すうちに
辿るべき道筋を失った詩人のゆかしき魂は
いつしか闇に見初められ踊り始め
形の無いものを歌い上げようとする

  ろくな死に方をしないよとあざ笑う老婆を殺せ
  正当性は常に力あるものによって生産される
  歯形のついた金貨を残らず溶かして
  その海で延々と踊りつづける水飲百姓を殺せ
  ああ私は祈りませんでした
  匂いの無い昼と音のない夜をこえて
  あなただけがよいところへ行けばいいと
  わたしはいちどとてそう祈りませんでした
  夜のはらわたの中を粛々と進む寝台列車の窓は
  竜頭を絞り上げるような愉快なリズムがあるものです
  わたしはなにも盗みませんでした
  あのランプも牛も草原も死ですらも
  灰になった空虚すらも
  道をまっすぐ進もうとするときは気をつけたまえ
  平行感覚というものはまるで狂ってしまっているのだからね
  知らぬ場所へ行こうとするとき人はそれゆえ皆ぐるぐるする
  ああ!
  あの空はいつかどこかで見上げたような空だ
  いつしかどこかで失ってきたもののようだ

あなたへと向かう帰り道
闇の中に香る優雅な絶望の中で仰ぎ見れば十六夜
時の降る空の彼方 私は
なす術もなく落ちぶれては震える口から
あなたに告げるべき祝福の言葉をすり潰し
めしいた人の差し出す詠唱の果実を咀嚼して
その光に目を焼かれる




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