『家路』

木漏れ日の下で愛を歌う少女がいた
それは失われた時代の失われた歌だった
愛を知らない男は遠くから
彼女を眩く見つめていただけだった

森の奥に突然開けた小さな泉がある
木々の間を抜けていく風の溜め息と
しばしば軽薄な小鳥のお喋り以外には音らしい音も無く
底の見えない深緑色した泉の中に
それは全て吸い込まれて行ってしまうようだった

そんな場所で二人は出会った
これはそれだけの話

戦火に嘗め尽くされた田園地帯の村々に甘く肉の焼ける匂い
烏のレクイエムに誘われて
そんな場所で声を張り上げた羊飼いの少年の慟哭が
さらなる炎にそっと抱きすくめられる
少年に必要だったのは愛の歌ではなかったのかもしれない
その手に余るような大きな火器だったのかもしれない

大人達は寄ってくるたびに神の愛を信じなさいと説いた
でも少女には大人達の言う神とやらがどうにも好きになれなかった
少女こそが神と共にあったのに
そしてそれこそが真実であったのに
大人達はゆっくりと注意深く 生皮を剥ぐように
少女の神を殺した

真実の愛というものがもしあるのならば
僕はまがい物の愛をこそ愛しく求めるのだ

世界の果てで恋を歌う少女が求め続けたのは
彼女を愛しつづけた父性だっただろう
世界は再編成され繰り返されるたびに
その真実からゆっくりと遠ざかって行ってしまうけれども

世界の頂上で愛を叫んだ老人が満たされるためには
彼の止むに止まれぬ欲望を残らず消してしまうしかなかった
皮肉なものだと笑うかい
欲望こそが彼を地上の王にのし上げたのにも関わらず と

見たこともない風景を求めて歩き続けるうちに
いつの間にやら何を見ても何も感じなくなってしまったね
覚えるのはどうしようもない郷愁だ
泣き濡れて見る夢はいつでも
あの懐かしい故郷の夕暮れだ
赤く染まる道を歩く二人の幼い手だ
破壊され尽くした
今はもうどこにもない帰り道だ

木漏れ日はいつしか色を失って
東の空からそっと訪れる夜の色
西に向かって歩き始める
愛の歌はやっぱりまだ男には解らなかったけれども
女の暖かい手に感じた初めての感情に
なにか素敵な名前を付けたい物だと思い巡らしていた

いつかの光景の中 懐かしい夕闇の永遠の中
こんな風にして人々は帰る
家路は足元にぼんやりと続いて
傍らに誰かの鼓動を感じながら
誰もが西日の焼けるような空へ向かって帰る

時に 形の無い愛を囁きながら




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