200510
■2005/10/02 「さあ、お時間です」
 窓から吹き込んでくる風は少し肌寒いほどで、時折、雨の気配が香る。秋が来た。夏は完全に終わった。おい十月だよ、分かってるかい? 今年も残り三ヶ月だ。ぼやぼやしてたらあっという間に暮れちまうよ。とりあえず今日で長い長い大学生の夏休みは終わりさ。準備はできているのかい? そうかい、じゃあそろそろ始めようか。

 二ヶ月も夏期休暇があることを世間はどう考えているのかは検討もつかないけれども、本日をもって僕の記念すべき二〇〇五年度サマー・ヴァケイションは大団円を迎えた。明日からは一介の大学生に戻って朝から晩まで講義漬け。夕方からは今月から始める個別指導塾の講師としてのバイト漬けってワケ。いやはやめでたい、めでたいなあ。これで「あそこの息子さん、まぁた昼間っからギターを弾いてノリノリで歌ってるわ。全く良いご身分ね」等、ご近所さんに揶揄される心配もなくなり、肩身の狭い思いからも解放される。なんとも爽快だぜ馬鹿野郎。
 大学生の夏休みっていうのは不思議な物で、それが終わると世間はすでに衣替えを済ませていたりする。まあ、もちろん長すぎる長期休暇の折り返し地点を越えた頃には、誰も今の休みが「夏」休みだなんて綺麗さっぱり忘れてしまって、暇を持て余しては「ああ、早く学校が始まらないかなあ」なんて殊勝に過ぎる独り言を漏らす始末なんだけれども。しかし、かといっていざ始まってみれば、およそ三週間後には皆揃って「早く休みにならないかなあ」なんて寝惚けてるのが現状だったり。いやはや、鶴亀鶴亀。とにもかくにも、今日で僕の夏休みが終わるのは決定的な事実だし、カレンダーにもそう書いてあるし、学友からは幾人もから「明日のこと」についてメールが入っていたりもする。逃れられないただの事実だ。

 「どうしたもんかね」。幻想的な立体模様を描く夕暮れの雲を見ながら思わず呟いた。どうするもこうするもなく、明日から元気にキャンパス・ライフを送ればいいのだということは分かりきっているけど。
 「どうしたもんかなあ」。エレキギターを抱えたまま、思わず寝転がってもう一度呟いてみた。だってさ、まだまだやりたいことが沢山あったんだ。原付バイクで北海道にも行ってないし、伊勢神宮の見物にも行ってないし、祇園で舞妓さんと豪遊もしてないし、モンゴルの大地で寝転がってもないし、ヒゲだって剃ってない。あ、目をつけていたEDWINのジーンズも買ってないぞ。この前古着屋で買ってきたあのシャツに合うパンツがないじゃないか。どうやって秋を乗り切れば良いんだ。参った参った。

 夕暮れの空は深い藍色をしていて、それはいつかどこかで見たような空だった。瞬きを数回繰り返す間それに目を奪われた後、そっと目蓋を閉じると、やはりいつかどこかで嗅いだような風の匂いがした。刈り入れの終わった田んぼを焼く匂いが混ざった、秋の匂い。幼い頃から嗅いで来た変わらない匂い。そして耳を澄ますまでもなく秋虫の合唱が聞こえる。世界は明確に秋を伝えてきていて、それはどこかいじらしいと感じるほどだった。

 「さあ、お時間です」。そう呟いて、目を開けた。夜に濡れた見慣れた天井がそこにあった。反動をつけて体を起こした。ちょっとギターを眺めた後、ネルの布で丁寧に全体を拭ってスタンドに立てかけた。棚の中にそっと置いてあるウィスキーの瓶を長い間見つめたけど、全身全霊を込めて目をそらした。

 薄暗い部屋の中、僕は思い切り背伸びをして、秋の空気を吸い込む。オーケー、大丈夫だ。また明日から頑張れる。初秋の爽やかな早朝に僕は毎日原付バイクを駆って、あの小高い山の上に可愛らしく建つ小さな大学に向かうんだ。それはなんとも楽しげで愉快なことのようじゃないか。よし、頑張れる。頑張るぞ。
 まずは明日の準備をしないと。薄っすらと埃を被った通学用のカバンを、夏休みの間に溜まった思い出達、という名のガラクタや荷物の山の奥から無理やり引っ張り出すことから僕は始めた。

 秋来ぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞ驚かれぬる(藤原敏行・古今集)

■2005/10/03 「酒鬼薔薇」
 今日は少し不穏な話をしようと思います。タイトルの文字を見て、僅かにでも不快感を覚えたら読むのをやめて欲しいです。

 酒鬼薔薇聖斗(さかきばら・せいと)を覚えているかな。1997年に起きた凄惨な連続殺傷事件の犯人にして、当時、その全ての犯罪がたった一人の中学生の手によって行われたとして世間を異常に騒がせた、20世紀日本犯罪史上に残る稀代の犯罪者だ。僕は当時16歳で、そのニュースに触れた時の衝撃の大きさは今もありありと覚えている。その後、僕は異常犯罪を犯す人間の心理や家庭環境等に興味を持って、世界中のシリアル・マーダー(連続殺人者)達のことを個人的に研究したくらいなんだ。
 何で今になって急にそんな話をするのかって思うよね。うん、ちゃんと理由があるんだよ。今日から始まった大学の後期日程。その講義の一つの中で酒鬼薔薇のことが取り上げられたんだ。『児童・生徒理解』と銘打たれたその講義は、その聞いただけでウンザリさせられるような名称を裏切らず、なんとも辛い、悲しくなるような内容だった。

 どういった話の流れでその話題になったのか、ひどい睡魔と闘っていた僕は正直ちゃんと記憶していない。だからなおさらなのかな、唐突に『サカキバラ』という音列が、静まり返った大講義室に、拡声器を通した少々ひび割れた音で響き渡った時、強い驚きと不安を覚えたのは。
 「あの残酷な犯罪が行われたとき」と、優しげな年配の女性教授は始めた。「酒鬼薔薇が書いた文章がマスコミによって公開されました。大人達は震え上がって、『狂人だ』、『信じられない』と口々に言っていたのに対して、その当時の中学生達の反応はとても信じがたい物だったのです。『分かる』、『僕もそう思うことがある』と、明らかな共感を示す子が想像を絶して多かった。当時の現職教諭たちは酷く慌てましたよ。そして怖れました。子供達が、いつの間にか知らない生き物に成り果ててしまっている、と」

 以下はその教授が引用した、酒鬼薔薇が神戸新聞に向けて書いた文章の一部だ。

 今までも、そしてこれからも透明な存在であり続けるボクを、せめてあなた達の空想の中だけでも実在の人間として認めて頂きたいのである。それと同時に、透明な存在であるボクを造り出した義務教育と、義務教育を生み出した社会への復讐も忘れてはいない。

 共感。当時、酒鬼薔薇と同世代だった彼ら彼女らがこれに共感を示したということ。これには大きな意味があるだろう。愕然とするほどの大きな意味が。それをあの優しげな女性教授は「当時の現職教諭たちは酷く慌てましたよ。そして怖れました。子供達が、いつの間にか知らない生き物に成り果ててしまっている、と」と言った。僕は、その発言にこそ愕然とし、また同時に怖れに近い感情を覚えた。
 うん、正直に告白しよう。あの事件当時、僕は高校を自主退学したばかりだった。学校というもの、とりわけ教師という人種に対しては一方ならぬ憎悪に似た感情を持っていた。僕も、酒鬼薔薇の言葉に、共感した。そのやり方には吐き気を催していたけど、その言葉には、幾ら否定しても惹かれてやまなかった。

 現在僕は教育大学、というものに通っている。言うまでもなくそこは教師を育成し輩出する機関である。三流もいいところだが国立でもある。つまりは国が作り上げた教師の生産工場だ。その場所でこういった講義を受けて、教師になる。『子供達が、いつの間にか知らない生き物に成り果ててしまっている』と言い切ってしまえる教師に。
 子供達がそうなったのは何のためだ。誰のせいだ。時代のせいだって? 都合の悪いことはみんなそのせいにされてしまうね。違う、違うよ。お前らだ。教師という名前のお前らだ。もしかしたらそんな権利はないかもしれないけれども、高校を自主退学した僕にも声高に叫ばせてくれ。お前らが明らかに狂っているんだ。

 この大学で一番大きな講義室は静まり返っている。空席が目立つけれども、100人以上の人間がこの講義を聴いている。この中から何人が教師になるのかな。どんな教師になるのかな。願わくば、かつての僕のような馬鹿げた生徒も受け入れてくれるような教師になってくれないかな。ああ、受け入れてくれなくてもいい。せめてそっとしておいてくれる教師に、人間になってくれたらいいな。本当に、一人でもいいからそうなってくれないかな。そうすれば、全身を傷付けながら一人で転げまわっていたかつての僕も少しは救われるのにな。本当に、本当に。ああ、虚しくて悲しくて馬鹿げていて下らなくて胸が痛んで吐き気がするな。

 僕は次からもあの講義、『児童・生徒理解』に出席し続けると思う。最後までちゃんと全て聞き終えたとしても、なんとなく結果は分かっているけれども。ふと、先週まで行っていた花山少年自然の家での一週間を思い出した。幼児から児童までの沢山の子供達と過ごした大自然の中での日々を思い出した。ひたすら楽しかった。子供達は楽しんでくれただろうか。僕のことなんて綺麗さっぱり忘れてくれてもいい。少しでもいいから楽しんでくれていたなら、本当に嬉しいなあ。彼らの心の内側のことなんて全然分からなかったけれども、楽しかったっていう暖かい記憶が、ほんの少しでも残っていてくれるのなら、泣きたくなるほど嬉しいなあ。

 秋風の冷たい日、大講義室でのこと。
 不快感を煽るような内容でごめんなさい。
■2005/10/05 「夕暮れの帰り道に」
 秋の夕暮れは物悲しい、と人は言う。
 日が斜めに差し始めた。赤く染まっていく世界の中で秋虫が鳴き始めた。夕暮れを見上げて僕は溜息をついた。昔、誰かから「溜息をつくとそれだけ幸せが逃げていくよ」と教えられた気がする。もしそれが本当なら、僕の幸せの残高は後どのくらい残っているのだろうか。下らないことを考える独りの家路の途中だ。
 秋になったら、と、何かの約束をしていたような気になり、一度そう思うと無性に不安になった。何を約束したんだっけ。そもそも誰と。大切な約束だっけ。それとも忘れてしまえるような小さなことだったっけ。頭を二度、三度と横に振りながら歩く僕を、気の早い北風が追い越していく。つられて見上げれば、烏が三羽ばかり連れ立って飛び去っていく。これは平安の昔にきっと清少納言も見上げていた秋の空だ。高い雲が陰影を濃くしながらゆっくりと姿を変えていく。
 急に悲しくなった。なにが悲しいのか分からないのがひどく滑稽で、霞む視界の奥に延々と続く田舎の河原沿いの道を見つめた。道の果ては大きく左側に回りこむように曲がりくねっていて、西の空へとその先をつないでいるようだった。少し考えてから、いつも降りる場所を通り過ぎて、奥へ奥へと進むことにする。
 何も考えないようにしようとすればするほど、雑多で脈絡のないことばかりが頭を支配した。約束はまだ思い出せなかった。太陽は間もなく落ちる。西の山の端に消えていく。ふと、太陽の落ちる場所とはどんな場所だろう、と思った。それは、あまりに幼稚で、そうであるがゆえに純粋な疑問。きっと誰も彼もが幼い時に一度は思う夢。虹の終わる場所には見たこともない宝物が埋まっているという、イギリスの古い伝説のような美しい物語。
 日は留まることを知らないように赤く赤くなっていく。それにつれて世界も赤く赤くなっていく。道の果てにはまだ辿り着かない。約束はまだ思い出せない。意識的に溜息を封じ込めて、僕は黙々と歩いた。
■2005/10/06 「かえりみちはいつもひとりだった」
 今日は僕が小学生の頃の話をしよう。
 当時、僕は学校の図書室に通い詰めだった。毎日の授業が終わる時間はもう覚えていないけれども、放課後になり次第すぐに図書室に向かい、閉館時間までそこで本の世界に没頭し、いつも持ち歩いていたPUMAの手提げカバンにその日借りた本を入れて帰るのが日課だった。本と図書カード、そして筆記用具を入れるのに丁度いいサイズで、気に入っていたんだ。
 図書室の閉館時間っていうのは生徒の下校時間と同じだったと記憶している。ギリギリまで校庭で遊んでいる子も若干名いたけれども、その頃にはもうほとんど校内に人影もなくて、僕はいつも夕暮れに染まったリノリウムの廊下をそっと注意深く歩いて下駄箱へ向かった。ひっそりとした学校は、なんだか普段生活している昼間のそれとは全く違う表情を見せていて、そのことはどうしてだか僕を厳粛で、シンとした気持ちにさせた。
 帰り道の記憶、が残っている。地面。延々と続く地面。僕はいつも自分の少し先の地面を見据えて黙々と家路を辿っていた。暗い小学生だったのだろうか。いや、そうじゃない。直前まで図書室で読んでいた物語に深く没入したまま、少し夢現だったんだと思う。そんな状態だから周囲の景色に気を配ることは非常に稀で、結果的に俯いたような状態のまま歩くことになる。
 なんだろう。あの帰り道の記憶を辿ると音がない。温度もない。そして、色がない。モノクロだ。独りで黙々と通り慣れた道を無意識に進むだけ。友達がいなかったわけじゃない。むしろ多かった。多すぎるほどだった。でも、かえりみちはいつもひとりだった。そしてその事に寂しさは感じていなかったような気がする。むしろ一日の終わりに訪れるその静かな時間を愛していたような気がする。毎日を終えるための何かしらの大切な儀式のような、そんな位置付けがされていたんだろう。

 今日、少しだけ懐かしい景色 --それは丁度一年前の-- を見た。モノクロに彩られたその写真は何故か僕を酷く動揺させた。そして、沢山のことを思い出させてくれた。それは大学と、当時住んでいた男子寮とを結ぶ帰り道の途中にある景色。普段は目にも止まらなかった風景の一部。かえりみち。やはり僕は独りであの帰り道をいつも黙々と歩いていた。その景色は? 空を覚えている。延々と続く並木の合い間から覗く、果てしない空を覚えている。道の端に咲く花を覚えている。T字路に設置された、ちょっと歪んだカーブミラーを覚えている。大学生の僕はもう、地面ばかりを見つめていたのではなかった。世界を見つめていた。

 大学の寮を出て半年。たった半年前のことなのに、まるで当時を夢の中の出来事のように感じる。そういうものなのかな。少し悲しくて、少し寂しい。今となってはもう、あの場所は帰る所ではなくて、遊びに行く所になってしまった。少し寂しくて、少し痛い。山形から来てくれた大切な友人と登った、寮の屋上にある給水塔の天辺、寮で一番高い場所にもう一度登ることのできる日は来るのだろうか。少し痛くて、少し苦しい。秋の空の記憶と、はしゃぐ友人の笑顔ばかりが胸を占めては、音もなく色を失っていく。
 地面ばかり見つめて辿ったかえりみちはいつもひとりだった。空の青さが差し込んでくる。世界は鮮明になり、やがて暮れる。秋の夕空はそれは綺麗な物だろう。赤に染まって、またひとり家路を辿る。

>>[ジーンズの青]

■2005/10/07 「永遠」
 この部屋には永遠が隠れている。
 また夜が来ようとしていた。曇りがちの空と相まって室内は急速に薄暗くなっていく。ギターを弾く手を休めてPCの電源を入れた。重苦しい駆動音と、裏腹に軽薄な電子音が室内に響いて、モニターが明るくなった。Windowsが立ち上がる。メールチェック。新着あり。簡単に返信を済ます。続いてブラウザを立ち上げようとして思いとどまった。うっかりネットにダイヴしてしまったら、また無為な時間があっという間に流れていってしまう。テキストエディタを立ち上げることにした。見慣れたインターフェイスに書きかけの物語が姿を現す。数回読み返してから幾つかの推敲を重ね、違和感が無くなったところで続きに取り掛かった。手馴れた物だ。それは予定調和。いつもの風景に過ぎない。
 窓の外には夜が訪れていた。物語はまだ佳境に入らず、緩慢に浮き沈みを繰り返していた。物語世界に深くのめり込んで、僕もまた浮き沈みする。しばらくしてぼんやりと終わりのビジョンが浮かび上がってきた。物語の終点。終着駅。「ああ、この物語も終わるんだな」と、不意に考えた自分がいた。思えば、これまでにいくつの世界を終わらせてきたのだろう。もちろん物語が終着に至ったとしても、その物語世界の中ではまだ何かしらの続きが行われているのかもしれない。そういう終わり方をする物語は思いがけず多い。ただ、それを書く人間がいない。物語の時間はそこで停止し、永遠に眠る。永眠。この言葉がこれほどしっくり来ることに悲しみを覚えた。
 ふと我に返りモニターに視線を移す。無意識の内にも手は動いていたらしい。物語は着実に終わりに向かって突き進んでいた。そろそろ佳境だ。それが過ぎたらもう止まらない。あるべき地点に向かって真っ逆さまだ。登場人物の一人が怠惰な風情で世界を揶揄していた。世界。こんな狭いモニターの中、数百キロバイトの容量の中の世界を。
 不意に手が止まった。一瞬混乱している自分を感じた。手が勝手に煙草に伸びていた。火をつけて椅子の上にズルズルと沈み込む。随分集中して書いていたようだった。ずっと同じ体勢でいた為か、酷く首が痛む。くわえ煙草のまま軽く首を捻ると関節が枯れ木を踏んだような音を立てた。苦笑して、窓から外を見た。
 夜は今日も静かにそこにたゆたって、音も無く沈んでいるように見える。「永遠」と口に出してみた。この小さな窓から見える小さな世界には、そんな言葉なんてどこにも存在していないように感じられた。くわえ煙草の煙が夜の中に消えていく。しばらくしてモニターに視線を戻した。もっともっと小さな世界がそこに息づいていた。「永遠」、と、もう一度口に出してみる。出てきた声は自身でも驚くほど乾き切っていた。やがていつしか長く長くなっていた煙草の灰が床に落ちた。時の流れを嫌でも感じさせられた。
 一度目を強く閉じてから、また物語を書き始める。膨れ上がる罪悪感を押し殺すことは成功しなかった。でも、刹那に輝く永遠をそこに見つけ出したいと、そんなことを漠然と考えていた。この薄暗い部屋のどこかにはきっと永遠が隠れている。そしてそれはこの他愛ない物語の中にも同様だ。そう信じなければ、そう、信じなければ。満ちては腐り落ちる時の祝祭の中、怖れながら今日も物語を綴る。

 繰り返してきたこと。永遠の中のこと。
■2005/10/08 「Heaviness,Heavy-Hearted World」
 目も眩むような重低音の中、光に手を伸ばすように。
 新しいバンドを組んだ。一年半ほど参加していたRock'n'Rollバンドを脱退して組んだ、自分の為のバンド。今日はその練習だった。前のバンドはどちらかと言うとPOP寄りな、平明なコード進行にキャッチーな歌メロを乗せたわかりやすい物だった。でも今回は違う。ひたすら重く、速い。時に澄み渡り、緩やかになり、次の瞬間に混沌と化す。そんな息の詰まるような音の洪水の中でギターソロを取る。前のバンドからそうだったけど、僕のソロは全部アドリブだ。その瞬間にしか生まれ得ない物を切り取って、音像を組み立てていく。悲痛で神経質なパッセージはやがて高く高く永遠に向かって突き抜ける。そう、光に手を伸ばすようにさ。
 オリジナルの構想は幾つかあって、あらかじめ用意されていたフレーズを元に、全員でジャムを繰り広げ、何かが生まれるのを張り詰めた緊張感の中で待つ。歌詞はまだできちゃいないけど、その音から想起される世界はもう見えている。後は心のままに叫べばいい。
 音楽は不思議な物だなって思う。いろいろな形があって、それは時に誰かの生き様その物を映し出したりもする。自分の生き様やアティテュードなんて分からないけれども、この世界に音楽があり、共に演奏する仲間がいて、それを聞いてくれる人々がいることに感謝している。今日もギターを抱えてひたすら音を吐き出すよ。Heavy-Hearted Worldの中で。
 練習の帰り道、機材を山ほど積んだ車内で、音楽に出会った時からの相方と色々なことを話した。お互いにもういい年だけれども、やっぱり音楽からは離れられそうにない。

 視界が歪むほどのディストーションの嵐の中、雨上がりの夜のこと。
■2005/10/09 「REMEMBER 16」
 寝静まった住宅街を抜けて徒歩で10分。河辺の桜並木。月がぼんやりと空に浮かんでいる。適当な場所に腰掛けて、煙草に火をつけた。懐に忍ばせてきたウィスキーの小瓶は程よく温まっていて、生(き)のままで流し込んだ喉を焼いた。一心地つき、長く息を吐く。まだ白くない。冬はまだ遠いようだった。そっと辺りを窺ったが、寂しい深夜の河川敷には人影も無く、ただ風だけが吹いている。僕独りきりだった。
 時の中に身を流した。時間の感覚は無かった。考え事はすぐに止めてしまって、ぼんやりと河辺を見つめているだけの夜だ。ここも随分変わってしまったけど、辺りに漂う雰囲気はいつかの匂いと趣を同じくしていて、そのことは僕をひどく安心させた。変わってしまったのはどうやら僕ばかりのようだった。ここに来ると思い出す。まだ夢ばかり見ていた頃を。にわかに吹き去って行った秋風に誘われて、僕の意識は通り過ぎた昨日へと飛んだ。

 秋のことだった。派手なブルーの空をバックにして、君は笑顔を映した。こんな風によく晴れた日には、二人であてもなく河辺の道に自転車を走らせた。君は気紛れで、時に速くなったり極端に遅くなったりしながら、気ままに秋の乾いた風の中を泳いでいた。本当に、泳ぐと言う表現がよく似合っていたと思う。目的地なんてなかったから、いつも適当な所で自転車を止めては、二人、寄り添って空を見上げていた。戯れに千年先の未来なんて突拍子も無いものを想像しあっては、声をあげて笑い転げたね。秋の花、秋の草。なんだかとても良い匂いのする風の中、初めてのキスを交わして、お互いの鼓動を息を詰めて聞いたんだ。早鐘のような、なんて言葉じゃ全然足りない。それはまるで雷のようだった。
 そう、秋のことだった。時間は永遠じゃなかった。どんな青空もやがて赤に染まっていく。さよならと手を振った君は、永遠のような夕焼けの中に消えていった。アンモナイトの囁きにも似た、それは酷く寂しい夢物語だ。長い長い、刹那のまどろみだった。
 ねえ、あのギターはすっかりほこりだらけになってしまったよ。何度も何度も「夢は叶う」と泣きながら叫んでいた日々と共に。

 鈍い痛みでふと我に返った。口の中に錆に似た独特の匂いが広がっていた。手で拭うと、どうやら口の端を噛み切ってしまっていたようだった。よほど強く噛み締めていたらしく、顎も少し痛んだ。空を見上げた。あの頃、夢ばかり見ていた頃と何一つ変わっていない、朧気(おぼろげ)な月が群雲(むらくも)の間を縫って西へと沈んでいく。無意識にくわえようとしていた煙草を握り潰して僕は立ち上がり、夜の中で闇に沈み込む名も無い河を睨みつけた。

 まだ忘れたわけじゃない。忘れたわけじゃないんだ。あの時の約束を。「夢は叶う」と叫んでいた日々を。同じ強さで、同じスピードで、今もまだ夢の途中にいる。まだ失くしたわけじゃない、失くしたわけじゃないんだ。ひたむきなあの愛を。落ち込んだときは心の中でいつも思い出すよ。派手なブルーの空の下、長い髪を押さえて振り向いた君が映した笑顔を。君と描いた千年先の未来を。二人で聞いた雷のような鼓動を。さよならと手を振った君が消えていった夕日の色を。まだ忘れたわけじゃないんだ。16歳の、自分の足で本当に歩き始めたあの頃を。同じ強さで、同じスピードで、僕はまだ生きている。まだ、忘れたわけじゃないんだぜ。
 ウィスキーの小瓶をまた懐にしまい、僕は歩き出した。ここに来ると思い出す。だから何度でも訪れる。僕はまだ立ち止まる訳にはいかないから。振り返らず、懐かしい匂いのする夜の風の中、家への道を独りで歩いた。

『REMEMBER 16』 by Fire Bomber.(from MACROSS 7)
楽曲をノベライズするというアサイさんの手法に影響されて書いてみました。
■2005/10/11 「Indoor」
 三連休の終わりは体育の日だったんだってさ。
 そんな休日のこと。胸にギターを抱え、片手に本を持ち、もう片手でキーボードを叩く僕を見て、君が苦笑していた。「ホント、インドア派だよね」って、そんなの分かりきってることじゃないか。「たまには運動してる?」って続けて聞く君に苦笑を返して、僕は本を置き、書きかけのレポートを片付けた。これで明日は安心。今夜はぐっすり眠れそうだ。
 「健康に悪いよ」と、君が言う。心配してくれてるんだな。少し恥ずかしいけど素直に嬉しいと思う。「ちょっと考えるよ」と、言葉を濁しながら答えると、盛大な溜息をつかれた。そんな分かりやすいリアクションを取られたら、いくら普段大らかな僕でも少しは傷つくんだぞ? それをアピールする為にわざと暗い表情を作ってみた。「どうしたの? お腹でもすいたの?」って、ガキじゃないっての!
 体育の日は雨上がりの肌寒い一日で、僕たちはその大半を僕の部屋で過ごした。先週出された課題だって言って、君が持ってきたE・ブロンテの「嵐が丘」の解釈について手伝ったりしながら。確かに、全くインドアだね。

 いつしか夕方になっていた。「どこかに行こうか?」と、聞いてみた。君は一通り終わった課題をしまいながら首をかしげた。「無理しなくてもいいのに」。そんなことを考えているのがありありと分かる表情だった。別に無理なんてしてないのになあ。頭を掻きながら、窓の外に視線を向ける。そして窓越しに空を見上げる。君は知らないことだけど、僕は長年の相棒である原付バイクに一人用のテントを積んで、一週間も東北の各地を旅していたこともあるし、徒歩で仙台から土浦まで歩いたこともある。のんびり歩いたからあの時は三日近くかかったっけ。特に理由があったわけでも行くあてがあった訳でもなかったから、随分適当な、緩やかな旅だった。でももしかしたら、そういう事柄達はいわゆる「アウトドア」とは違うのかな。僕には分からない。
 分からないけど、僕は一生懸命考えて、君にこう提案してみるんだ。

「じゃあ今度さ、野外LIVEにでも行ってみようよ!」
「それ、アウトドアじゃないです」

 一歩も家から出なかった体育の日のこと。
■2005/10/13 「Like a rolling stone」
 数日前の夜のことだ。僕は友人の家で一本の映画を見た。『アイデン&ティティ』というタイトルだった。なかなか成功を収められないバンドを主体にした映画だ。でも、バンドの話メインとは一概に言えないような幾つかのテーマを持った作品だった。僕はそれを、友人の愛する大切なギターを胸に抱かせてもらいながら興味深く見た。
 もちろん、その内容はとても素晴らしい物だったけれども。でも、最も深い印象を受けたのはそのエンディングテーマだった。ボブ・ディラン、「Like a rolling stone」。もう何年も前から知っていて、もちろん数え切れないくらい聞いたナンバーだ。ボブ・ディランでは他に「風に吹かれて」を愛している。洋楽を中心に音楽をやっている僕のような人間にとって、ボブ・ディランは聞いていて当たり前、知らないわけが無い、あまりに偉大な存在だ。だから「Like a rolling stone」も聞き飽きるほど聞いた、そのはずだった。
 なんだろう。おかしいんだ。友人の家で「Like a rolling stone」を聞いてから、ずっと同じフレーズが頭の中に響き渡っている。

 『How does it feel?』

 「どう感じるんだ?」と。繰り返し繰り返し、一日中ボブ・ディランのしゃがれた叫びが脳内を飛び回っている。講義中も、バイクを走らせている時も、独り部屋でギターを弾いている時も、彼女を抱きしめている時だって。「どう感じる?」と。そして僕はそのたびに見つめなくてはならない。自分がどう生きてきて、今、どう生きているのか。これからどう生きていくのか。その意味は? その意義は? 行き着く先は? どう感じる? どう感じるんだ?
 僕は、見つめなくてはならない。

 転がる石のように。日本では古来よくない例えとして用いられる『転石苔を生ぜず』というこのことわざは、現在でも意味を持っているのだろうか。もしまだ有効なら、転がり続けるという言葉がそのまま当てはまってきたこれまでの僕の人生を全否定しなくてはならない。では現在はどうだ。大学生になり、初めてと言ってもいい平安を手に入れ、それに甘んじている現在の状況は。転がり続けるのをもうやめてしまった僕は成功しているのか。もしそれが本当なら、どうしたことだろう、この違和感は。
 ボブ・ディランの「Like a rolling stone」では、「転がる石」を否定的な比喩で用いているけど、でも僕はそれと全く正反対の意味に受け取ってしまった。「どう感じる?」と繰り返し問われ続けたこの数日間、僕は考え続けた。僕はまだ、安住するわけにはいかない。なぜならそうしたくないと思っている自分がここにいるからだ。『転石』上等。もう少しだけ転げ回ってやろうじゃないか。「Like a rolling stone」。転がり続ける石のようにさ。

 転がり続ける世界の片隅で。ちっぽけな夜のこと。
■2005/10/14 「月明かりの中、海へ」
 満月になりかけの月が秋の空の中で揺れていた。もう六年の付き合いになる相棒のHondaの青いカブが夜の湿った空気の中を低い駆動音と共に滑っていく。こんな静かな夜に、これから誰かに会いに行くのだ、とでも言えば、それなりに格好もついたのだろうけれども、残念ながらそんなあてもない秋路だ。
 東へ。東北の太平洋沿岸特色であるリアス式海岸が延々と続く曲がりくねった峻険な道を北へ。少しずつ気温が下がってくる。念のために着込んできたジャケットの前を首元まで締めるが、冷気はどこからか忍び込んで来た。
 次第に手の感覚が失われていく。北へ北へと向かう僕の右手には終わることのない海の気配がする。森の中を縫っていくような国道398号線。国道とは信じられないほど細く、頼りない。鬱蒼と生い茂る木々の合い間から時折月が覗く。街灯もない道は奇妙に明るかった。
 ある岬の突端に出て、僕はカブを止めた。そこからは海が一望できるのだ。エンジンを切ると途端に静寂が覆い被さった。一度空を見上げた後、僕は煙草に火をつけて、ゆっくりと冷えていくカブに跨ったまま、海を見ていた。視界を覆うような海。
 煙草は線香の変わりになるのだろうか。ここに来るといつも君を思い出す。闇と月明かりのコントラストの中、静か過ぎて生じた耳鳴りをこらえながら、夜の中でぼんやりと輝く蛍のような煙草の火を目の高さにまで上げて、君を悼んだ。

 海鳴りが響き渡る追悼の夜のこと。
■2005/10/15 「曇天と煙草と戻れない場所」
 いつもどおり家の近くの河原を歩いたんだ。適当な所で腰をおろして、これまたいつもどおり煙草に火をつけて独りでぼんやりする。今夜は曇天だな。日々寒さを増す几帳面な季節に苦笑を漏らして、なんだか昔の事ばかりを考えている僕は、もう立派な大人なのかもしれない。吐き気がするほどね。
 そう、あれもこんな夜だったな。飲みなれない酒をちょっと悪戯して、どうにも興奮したみんながこの河原沿いの道を徒競走みたいな勢いで走り抜けたのは。あれはいつのことだったっけかな。もう分からないや。でも確か、まだ煙草なんてつまらない物に手は出してなかったはずだ。
 僕は今こんな場所で燃え尽きていく煙草をぼけっと見つめている。火はじわじわとフィルターに近づいて、長かった煙草を端から灰にしていってしまう。ふと、煙草を吸うということは、お金を出して時間を燃やしているのと一緒なんだな、と思った。いや、こんなことは今初めて感じた事じゃないはずだ。ずっと昔に、そう、初めて煙草を買って、緊張しながら火をつけて、肺に煙を流し込んだあの時。すでに分かっていたことのはずだ。分かっていたことなのにね。馬鹿だな、僕は。本当に馬鹿だ。
 目を細めていつかと同じ道の先を見つめた。深夜の河川敷にはいくら目をこらしても幻影の一つすら現れて来なかった。少しは気を利かせてくれてもいいじゃないか、と、独り愚痴をこぼす僕は無様な大人だ。そしてそんな姿は僕が一番嫌悪していたはずの物だ。いつの話かって? 思い出せないよ。
 あの頃と同じ場所。でももう戻れない場所。近くて遠い場所。手を伸ばしては力なく落ちる。そして求めていることを再確認する。僕が見たいのは、嘘でも虚勢でもなんでもいいからとにかく強く生きていた、あの愚かで美しい十代の姿だ。喜劇的であるが故に真に悲劇的な十代の物語だ。
 月の見えない曇天の深夜。僕は煙草を踏み潰して忍び笑いを漏らし、虚勢すら張ることのできなくなった自身をあざ笑っては、そんな己にこそ本当に絶望する。両手を開いて覗き込んでみた。そこにはあの日の温もりの一片すらも見出すことができなかった。ただ冷え切った白い肌から、延々と時間を燃やし続けてきた対価には程遠い、ヤニの残り香が立ち昇るだけだった。

 つと、風が吹いた。冷たい風だった。季節は変わる。景色も。人も変わるだろう。それは仕方ないことだ。それなら……。生きていくだけさ。それしかないのだから文句は言わないでおこう。
 歯を食いしばり、戻れない場所を睨み付けるそんな僕の姿を、過去の幻影が笑い飛ばしているような気がするけど。

 月のない夜のこと。
■2005/10/17 「ガキ」
 つまらない事にこだわって身を滅ぼすのが愚かな事なら、僕は愚か者のままでいたいんだ。理不尽さに目をつぶって安い平安を手に入れるよりは、徹底的に逆らって終わりを見届けたい。誰かを疑って生き長らえるよりは、差し出された毒杯をあおって血反吐を吐きながら死んでやるさ。天に向かって突き上げろ。この拳はその為にあるのだから。

 思春期の頃、少しでも気概のある少年はみんなこんな風な情熱に身を焦がして、ギラついた目で日々を駆け抜けていたはずだ。もちろん僕もそうだった。そして周囲にもそんな人間が多かったように思う。でも、いつからだろう。そういった熱気が失われて、頭がおかしくなるようなヌルさが辺りを覆うようになったのは。
 ガキ、という言葉はいつもネガティブな揶揄を含んでいる。だからこそ僕達は「ガキ」であることに誇りを覚えて生きていた。「ガキのまんまでいようぜ」なんて言葉を真剣に交わしたりもした。
 いつからだろう。そういった純粋さが嘲笑の的になり、可能な限り忘れて生きることが格好良いという空気が充満し始めたのは。20代。それは20代の最初の辺りだったように思う。ゆっくりと、それは進行していて、気がつけばすでに至る所に転移してしまっていた。

 僕はロックをやっている。ギターをかき鳴らしシャウトする、あのせわしない音楽だ。個人のアティテュードや政治的側面、暴力、SEX、絶望、そして愛までをもその背中に背負ってきた音楽だ。僕はそれをやり続けている。ギターをかき鳴らし、声が枯れるまで叫んでいる。初期衝動が今もまだ僕を走らせるから。そしてそれは失われていった、殺されていった、あの声にならないガキの断末魔に他ならない。拳を上げろ。叫べ。こんな小さな国の、こんなにも小さく狭く暗い地下のLIVEハウスで僕達はそうがなり散らすんだ。
 遠く薄れていく昔の熱気をも僕は悼み、叫ぶよ。遠いガキの約束を叫ぶよ。そ知らぬ顔で完治しようとしているかつてのガキの心の傷の、厚いカサブタを何度も何度も剥がしてそこに触れるよ。血が噴き出すくらいに。
 いつかは、優しい歌に、届きますように。

 今夜はALLで朝までバンドの練習です。夕焼けが眩し過ぎた日のこと。
■2005/10/19 「水晶の船に乗って」
 壊れかけた君と手をつなぐ事になんて、何も意味がなかったのかもしれない。月もなく、行くあてもない、こんな世界の終わりのような夜に。あの頃の僕たちに何ができただろう。夜に怯え人に怯え未来に怯えて、日もあたらない地下に潜り、震える体を抱きしめあって泣くこと以外に。

 例えば、最後の言葉。
 繰り返し謝罪の言葉を並べる君はもう完全に常軌を逸していたね。質の悪いカクテルを食ってDeepなUnderGroundの更に奥へ。君はそんな場所へ行こうとしていた。ジム・モリソンに言わせれば、すでに『水晶の船は満ち溢れ』ていた。『教えてほしい、君の自由がどこにあるのか。なぜ君が涙するのか訳を教えて欲しい』と、僕は願っていただけなのに。

 例えば、最後の光景。
 冬の匂いのする秋空の下で、両腕を広げた君が仰ぐ場所は僕には遠すぎて、ぼんやりと唇を噛み締める他に何もできない自分を心から呪った。『君が無意識の世界へ滑り込んで行く前に、ぼくはもう一度キスしたい』。空を削り取られて出来ているあんな大都市を抜け出して、いつか僕たちはポケットに入ったコインが尽きるまで北へと向かう。そんなちっぽけな夢すらも、ただの妄想に終わってしまったんだ。

 『毎日が光り輝きながら苦痛で満たされて』いた。水晶の船に乗って、君は無意識の世界に滑り込んでいった。寒さを増していく世界の終わりのような夜の中、『君は覚束ない足取りで歩きながら、「またいつか会いましょう」と言った』んだ。壊れかけた君と手をつないで歩いた。君はDeeper UnderGroundへ行こうとしていた。水晶の船は満ち溢れて、僕を置き去りに、無意識の世界へと滑り込んで行く。

 教えて欲しい。本当の自由がどこにあるのか。船はもう出てしまった。夜は過ぎて、朝が来た。僕は取り残されて、こんな場所で君を悼む。大都会を抜け出して、僕はこんな北の地で飛び去っていく朝鳥の群れの向こうに朝焼けを見た。あれから随分時間が経ってしまったけど、僕はまだ探しているんだ。そして待ちわびている。水晶の船に乗って君に会いに行ける日を。もし逢えたなら。『僕を君の優しい雨の中に抱きしめて欲しい』。もう一度手をつないで美しい場所に行こう。光り輝きながら幸福に満たされた毎日に、行こう。世界の始まりのような朝焼けを仰いでゲラゲラ笑おう。

 無力だった僕たちの記憶が時折フラッシュバックしては、僕をあの夜に引き戻す。そして掴みきれなかった君の手と、水晶の船の後ろ姿ばかりを求めて、無様に叫ぶ。

引用 『水晶の船』 by The doors.

■2005/10/21 「LOVE LETTER」
 何度も手紙を書きかけては、最後まで書ききれずにLETTER BOXの中に入れている。君に手紙を書きたいと思っているのは本当のことなのに、書き上げてしまうのがどうにも怖くて。伝えたいことは山ほどあるよ。だってあれからもう何年たった? 最近、すっかり記憶が曖昧になってきていて、ぽかんと遠い秋の空が酷く憎らしく感じる。変にイライラしているんだ。

 ごめん。さっき、ちょっとだけ嘘をついた。実は一度だけ書き上げたことがある。あれは確か21の頃の、やっぱり今のような少し肌寒い季節だった。便箋を綺麗に折って、注意深く封筒に入れて。切手がないのを思い出したから、深夜にコンビニまで歩いて行ったんだよ。近所のコンビニの前には郵便ポストもあるから一石二鳥だって、ちょっと興奮したのを覚えている。月が綺麗な、耳が痛くなるほど静かな夜だった。買ったばかりの80円切手をこっそり嘗めて定型封筒に貼った。表に君の名前がちゃんと書いてあるのを確認した。裏には僕の名前を書いてない。君を驚かせたいとか、別にそんな可愛いことを考えていた訳じゃないんだけど。とにもかくにもポストの前に立って、少しだけ震えながら手紙を投函しようとしたよ。そしてその瞬間に悲しくなった。だって、この手紙は届くはずがないのだもの。
 君の住所を書いてなかったんだ。だってしょうがないだろ。それでも俯きながら投函した。寂しい音を立てて、ポストの中へと厚い手紙は落ちていった。涙は出なかった。
 溢れるような泣き言と、君との思い出をひたすら反芻しているだけのLOVE LETTERが、君が行き果てた場所にいつか届きますように、と、張り裂けそうな胸の痛みを抑えながら、祈った。3年前の秋の夜のことだ。

 今、僕はまた君に手紙を書きかけては、時折手を休めてそれを眺めている。随分馬鹿なことを書いているなって思う。でも、ちょっとは明るい話題が増えたんじゃないかとも感じる。可愛い恋人ができたんだよ、なんてことを伝えたら、君は一体どういう顔をするだろう。意外に平気な顔で「オメデト」なんて言いそうだね。もしかしたら手放しで祝福さえしてくれるかもしれないけれども、それは悲しすぎる想像だから、今は考えないようにするとしよう。
 幸せだったかな。君は、幸せだったのかな。伝えたい言葉があるんだ。僕は今幸せだよ。やっと、そう言えるようになったよ。手放しで言うよ。大声で伝えるよ。君に向かって叫ぶよ。僕たちがどうしても届かなかった場所に、確かに今、僕はいる。本当なんだよ。

 書きかけた手紙は、またLETTER BOXにしまっておくことにしよう。傍らのコンポから君が好きだった古く甘い懐かしい歌が流れてる。コーヒーを淹れ直してきたら、今夜はまた君のことを考えながら一晩中この歌を聞いていよう。
 LETTER BOXはもうすぐいっぱいになる。僕は来年、君と同じ歳になる。愛を伝える言葉はもう吐き尽くしてしまったかもしれないけど、君に伝えたいことは年々溢れていくばかりで行き場がない。でも、僕は黙ってこの長い秋の夜を耐えよう。

 君に伝えたいこと。君の声を思い出す日のこと。
■2005/10/22 「昨夜(ゆうべ)、眠れずに」
 朝を待っていた。雨は午前三時の空気を揺らしていた。雨音は少し柔らかくなったような気がした。朝になれば晴れるかもしれないと思った。朝になれば。都合のいい想像に何かを期待しているわけではなくて、僕は、ただ世界が目覚めるその息吹を感じたかっただけなのだ。読みかけの文芸誌は先ほど放り投げてしまった。煙草はさっき切れてしまった。先日から胃が痛むから酒は控えていた。同じ理由で飲んでいるココアではコーヒーの変わりにならないらしく、甘ったるい匂いが体中を犯していくような気がした。
 朝を待っていた。なんとも寂しい時間だった。見上げた壁掛け時計は先程から五分と時間がたっていないことを無言で教えてくれた。明日は休日なのだから夜更かししても良いんだ、と、気が付けば自分に意味のない言い訳をしていた。煙草を無意識で探していた。一時間も前に切れたのは分かりきっていた。近所のコンビニに買いに出ようにも、降りしきる雨音が気力を根こそぎ奪っていく。シケモクを探して火をつけた。情けない気分になった。今なら禁煙できるかもしれないと思った。
 朝を待っていた。充電器の上で淡い光を放っている携帯電話にちらりと視線を走らせた。こんな時間にはもう誰も起きてはいないだろう。例え寝ていなかったとしても、一体誰に、なにを連絡するのか。何も思いつかない。想像がつかない。ただ一つ分かるのは、いずれにせよ相手の迷惑になるということだけだった。
 朝を待っていた。夜はまだ長そうだった。雨はまた少し弱まったようだった。朝になれば晴れるだろうか。晴れ間から覗く秋の空の下、君と会う約束をしているのに。どうしようもない。きつく目を閉じたが、眠気は一向にやってくる気配がなかった。世界はこんなにも深い眠りの底にいるのに。不思議と頭の中が冴え渡って、埒もない思考の羅列ばかりが通り過ぎていった。

 昨夜、眠れずに。
■2005/10/23 「雨、上がる」
 昨夜からしつこく降り続いていた雨もようやく上がって、僕は恐る恐る窓を開け放った。雨上がりの湿った、冷たい空気が部屋中を満たした。同時に、部屋中に充満していたコーヒーと煙草の匂いが綺麗さっぱりと払われていった。今日は随分寒いんだな。でも、心地いい。朝から一歩も部屋を出ていない不健康な僕の中を秋風が通り過ぎていく。
 携帯電話を確認してみた。着信、新着メール共にゼロ。念のためにPCの方も確認してみたけれども、急な連絡はないようだった。上着を羽織って、一度窓から空を見た。午後四時の秋空はもう暮れの風情を見せていて、日曜日だということもあってか随分と静かだった。僕は部屋を後にした。

 田舎道をのんびりと歩いて20年来の友人の家へ。そいつとは3歳の頃からの付き合いなんだ。信じられるかい。本当の意味で腐れ縁っていうのはこういうのを指して言うんだろう。当然のように事前の連絡はなし。例え不在だったとしても、そのまま散歩を続ければいいだけだ。もし忙しそうなら勝手に部屋に上がり込んで、慌しく働くそいつの後ろ姿を肴に、奴の冷蔵庫に常備されているはずの缶ビールを飲み干すだけ。え? もしそいつの彼女なんかが家に来てたらって? 何一つ心配する必要はないだろ。酒の肴が多少豪華になるだけだよ。
 はたして、結局休日の夕方にそいつは部屋にいて、なんだかふてくされたような顔で本を読んでいた。何を読んでるんだ、と聞いてみた所、知らん、との答え。別にふざけている訳ではなくて、ただ単に興味がないんだろう。本なんて暇潰しの為の物でしかないなんて言い切ってしまう男だから。こちらも別段気にせずに、勝手にベッドに腰掛けて煙草に火をつけ、奴のビールを飲み始めた俺に対して、一瞥をくれただけでそいつは続きを読みふけっていた。いつものことだ。お互いに特に気にすることはない。
 部屋には耳覚えのない古いジャズが間断なく流れていて、薄暗くなっていく部屋に、タイトルもなく、トラック数だけが無愛想に表示されたMDコンポの暗緑色の光だけが憂鬱なトラックカウントを進めていた。そういやこの部屋には時計もないんだった。別に困ることもないけど。
 煙草を一本吸い終え、缶ビールが三分の一ほどになった頃、そいつは大きく息をついて本を閉じ、首を捻って関節を鳴らした。どうやら読み終えたらしい。その後ろ姿に「今日は仕事が休みなんだな」と尋ねてみると、「何だお前、来てたのか」と、頓珍漢な答えが返って来た。よほど本に集中していたのか、ただ単に20年来の親友にはもう興味の欠片もないのかは判別しかねたけど、お互いの今後のために前者ということにしておいた。
 「俺にも一本とってくれ」という声に促されて、僕はまた奴の冷蔵庫を開け、缶ビールを取り出して渡した。プルトップを開けて美味そうに一息で半分ほど飲み干す。すっかり見慣れたいつもの光景だ。「ああ。休みになった」。傍らのテーブルから、すっかりトレードマークであるマルボロの赤を手にとり、ジッポーで火をつけながら奴は唐突に言った。それが先ほどの質問に対する答えだということはすぐに察しがついたけど、別段大した疑問でもないし、正直どうでもいい事ですらあったから、僕は手の中の缶ビールの残りを飲み干して、冷蔵庫からもう一本取り出した。

 東北の片田舎。そんなところで僕たちは産まれ育ち、こうして今も時を過ごしている。ここはとてものんびりした所だ。周囲には田んぼと、二級河川が茫漠と広がっている。ここではいつも時間がゆっくりと流れていた。そして、この辺りでも割と大きな農家の長男であるそいつの部屋でもそれは全く変わらなかった。
 僕らは思えば不思議な関係にある。一週間に二回会う事もあれば、三ヶ月くらい全く顔をあわせることはおろか連絡も取らないこともある。よくよく考えてみれば、今日はお互いに二ヶ月ぶりに会った、ということになったんだった。でも、そんなことはどちらも意識していないし、考えてもいない。いつものように部屋には夜が来て、僕らは季節はずれの蛍よろしく煙草を吹かしながら、どうでもいい話をポツポツと続ける。500mlの缶ビールはいつの間にか二人で六缶も空いていた。冷蔵庫にはまだそれに倍する数がキンキンに冷えているから、あんまり気にならないのだけど。「そういやツマミ持ってきてたんだ。忘れてたわ」と言いながら僕が割きイカを取り出すと、「ん〜? 別にいらねえよ」と、のんびりした声が返ってくる。そして思いついたように立ち上がり、部屋の電気をつけた。窓の外にはすっかり夜がきていた。

 「雨、上がったなあ」と、そいつが言った。「ああ」と僕は短く答えた。窓の外には明確な秋の空気が張り詰めていて、部屋から見える庭には、いつしか紅葉を始めた樹木の群れが緩やかな風の中で静かに揺れていた。
 「明日は、大学か?」と、聞かれる。「ああ」と答える。「明日は仕事か?」と聞く。「ああ」と答えが返ってくる。そうか、とお互いに漏らして、缶ビールを目の高さに持ち上げた。『ガンバレ』。声には出さない。出さなくても通じる。だからそんな無粋なことはしない。お互いに身を削るようにして頑張っているのは承知しているから。
 僕が新しい煙草の封を切ると、20年来の付き合いである腐れ縁の、生涯最高の親友は黙ってジッポーを取り出し、その火を僕に向かって差し出した。色濃く香っていた冷たい秋雨の気配がジッポーオイルの匂いに掻き消されて、部屋には静寂が残った。

 24の秋のこと。
■2005/10/24 「フィクション」
 夕暮れも過ぎた、月曜の夜のことだった。
 「後藤君の書くものってさあ、どこまでがフィクションなの?」
 「はい?」
 そんなやりとりで放課後は始まった。

 放課後、なんて、大学には似つかわしくないかもしれない。でも他に上手い言葉が見つからなかったから勘弁して欲しい。こう、学校が終わった後に生まれる帰宅前の微妙な時間帯、を、放課後という言葉の響きは上手く捉えているような気がする。『本日の全講義が終わった後の夜のことだった』という書き出しでも別に構うことはなかったのだけれども、僕自身の小さなコダワリが、その時間を放課後と呼ばせたのだ。

 脱線した。話を戻そう。
 ともあれ、そんなやりとりから話はスタートした。仙台の街中にある静かで薄暗い喫茶店の中。誰のものとも知れないJAZZが穏やかに流れ続けている。通りに面した窓からは、途切れることのない車の群れと、慎み深くライトアップされたストリートが幻想的な調和で共存しているのが見えて、葉が時折落ちる街路樹に、仙台という街の秋の風情を強く感じた。
 僕の席の対面に座った彼女はそんな趣きには見向きもせず、僕が先日書いたばかりの、詩とも物語ともとれる曖昧な作品が書き殴られた大学ノートを片手に、時々思い出したようにカフェラテを口に運ぶ。
 「どこまで、ってどういう意味?」と、僕はいささか面くらいながら聞き返す。「ふむ」と言って彼女は広げたままの大学ノートをテーブルの上に置き、紙面をトントンと指で突くことで幾つかのセンテンスを指し示した。綺麗な指だな、なんて、間抜けなことを考えている僕をよそに、彼女は具体的な指摘をしてきた。
 「いや、まあ、……ねえ?」と、煮え切らない態度で返答とした僕に、ニヤニヤと笑いながら彼女は、「随分と経験が豊富ですこと」と、なんだかどこかで聞いたようなセリフを言い放ったりする。
 困ったな、と、またストリートに面した窓に目をやった。街路樹がざわついている。その下を歩く人々の歩調が早まっている。少々風が出てきているようだった。店内からは全く見えないが、恐らく今夜の空は雲一つない星空だろう。少し身震いする。明日もまた冷えそうだった。それはともかく、本当に困っていた。恋愛をモチーフにした自分の作品について細かく突っ込まれても、全く動揺しない人間がいたら見てみたいと思う。もしかしたら世の中には存在するのかもしれないけど。でも、そんな人がもしいるのなら、その人とは残念ながら親友になれそうもない。

 うん。そういうつまらない妄想が現実逃避なのは分かっていた。横目でチラッと盗み見た君は、また難しい顔で件の詩を読み返している。ちょっと待ってくれよ。なにも大したことは書いてないだろ。なんだかいたたまれない気持ちになってくる。
 しかしフィクション、か。なんだか面白い響きだな。少なくともこれまでの人生において、こんな秋の日の放課後に、雰囲気の良い喫茶店の中でJAZZとコーヒーを楽しみながら、女の子と二人で過ごしているような時間には存在しなかった言葉だ。フィクション、ああフィクション。うーん。どう言えば君はその真剣な顔をほころばせてくれるのだろう。その為だったら僕はいくらだってフィクションを演じようと頑張るのに。

 とはいえ。物書きではあっても、役者には程遠い僕は、ゆっくりと冷めて行くモカ・コーヒーを啜りながら、そんなことをぼんやりと考えていることしかできなかった。彼女の綺麗な指が愛想の欠片もない大学ノートの上を緩慢に滑っていく。少なくとも、この瞬間は純粋なノンフィクションだと言ってもいいだろう、と思った。でも、そんなことをついうっかり口に出そうものなら、またイジワルな顔でニヤニヤされてしまうかな。困ったなあ。

 ついつい煙草に手が伸びる、秋の喫茶店でのこと。
■2005/10/25 「幸せと自由を思う秋の日」
 幸せの方程式なんて物がもしあったとしても、そんな味気ないものには興味の欠片もない。自分が誰かを芯から幸福にできるとは思えないけど、不幸にしたいと思っているわけでは決してない。茜色した空を鳥が飛んでいく。なんだか寂しい光景だ。自由と幸福は相容れない物なのか。それとも、幸福の中に自由があるのか。もしかしたら自由の中に幸福があるのか。少なくともそんなどうでもいいことを躍起になって考えている時の両手からは、幸福と自由の両方ともが失われているだろう。
 場末の居酒屋で、見知らぬ年方の人に人生についての講義をぶちまけられるのは酷く迷惑だし、自分よりも遥かに長い人生を営んできたであろう人のそんな姿を見て少々格好悪いなあと思っても、人生論の一つも語れない立派で格好いい大人よりずっと親しみを感じる。泥臭く、泣けてくるようなリアリティがそこにはある。油の浮いた鼻を赤らめて、時折酒臭い息と唾を飛び散らせながら禿げかけた頭を撫でる。そしてそんな彼が饒舌に語る相手は息子ほどの年齢でしかない僕のような若輩者だ。こんな、まともなビールも出してくれないような場所で、そんな生き様を見せ付けてくれる生き方を笑う人間を僕は心から憎む。
 耳ざわりのいい言葉で愛を、幸せを説く。少しだけ気だるい装いで、説く。知的を自称して生きている人々には、そんな軽薄さが付きまとってはいやしまいか。していることだけを見れば、どうにも胡散臭い新興宗教的な手段でしかないのに、適度に洗練された物腰と、注意深く選り分けられた言葉の美しさに惑わされてしまう。それがどうした、と、その一言で全て吹き飛ばされてしまうような実のない軽い言葉でしかないのに。幸せの方程式なんて物を容易く受け入れてしまったりするんだ。

 千の言葉に勝る物はなんだろう。幸せと、自由の両立とは。分からないけど、僕は今日、近所に生えている木から何気なくもいでみた柿の実に大口を開けてかぶりついた時、その何とも甘そうで素晴らしい色合いをしていた実に完膚なきまでに裏切られ、顔をしかめながらその渋みを延々とうがいを繰り返すことで何とか消し去ろうとしながら、上にダラダラと書いてきたようなことを考えていた。そこには一片の真実と、夜になってもなお取れない味覚の違和感があった。それだけの話だよ。

 教訓。ウワッツラに騙されると痛い目をみる。(違うかも)
■2005/10/26 「なぞなぞ」
 上は洪水、下は大火事な〜んだ?
 答えはお風呂。でも、五右衛門風呂なんてもうどこにもないから、これは無効かも。

 世界の真ん中にいる虫な〜んだ?
 答えは蚊(カ)。『せ か い』だから。

 削れば削るほど長くなる物な〜んだ?
 答えは削っている時間。

 狸が肩叩きをしながら食べる果物な〜んだ?
 答えは柿。『かたたたき』から『たぬき』、『た』を抜いてごらん?

 夜になると太ったり痩せたりする物な〜んだ?
 答えはお月さま。今夜のお月さまはなんだか痩せちゃってるね。

 どんなに遠くで焼いても近くで焼いたという食べ物な〜んだ?
 答えは焼きソバ。

 満員電車に乗っている鳥な〜んだ?
 答えはコンドル。混んでるから。ちょっと苦しかった?

 どうかな? 難しかったかな?
 え? 簡単だった?
 じゃあね、あのね、これは解けるかなあ?

 こんな寂しい夜に、もういない君を思い出して胸が痛むのはどうして?
 答えは……。
■2005/10/27 「勝ち負け」
 人生に勝ち負けなんて無いと、善意の人は言うけれども、少しずつ冬の匂いを濃くしていく秋の夜に、広大な駅の片隅で震えながらダンボールの中にうずくまる人々と、その傍らを急ぎ足で行くブランド物のスーツ姿の人をつい見比べてしまう。だけど僕はそのどちらかになりたいわけではなくて、そういった物を気にしないで生きていけるような可能性を探りたい。難しいかな。
 平等とか、なんだとか難しいことは皆目検討がつかないけれども、今、みんな生きているっていうこと。そしていつかは死ぬってこと。どうやらそれだけは本当らしい。

 世界にはラッキーな人とアンラッキーな人がいる。ラッキーな人は暖かいベッドの中で下らない夢物語を語っていられるし、アンラッキーな人は理由もなく理不尽に殺されていくだけなんだろう。自分を省みた時、やはりどう考えても自分はラッキーの側にいるとしか思えないから、世界平和とか、人権が云々とか、そういった吐き気がするような戯言は極力口に出さないでいることにしようと思う。
 たかだか八十年の人生だ。現代という時代に、先進国という限られた場所でしか通用しない資本主義的な勝ち負けに囚われて右往左往するのはやめて、僕は、ラッキーな僕は、一生懸命生きよう。それだけだ。いつか、平等な死が訪れるその日までは。

 寒い夜に北の地方都市から。
■2005/10/28 「展望台から」
 薄桃色に染まった紅が地上を染めていた。
 仙台市内で最も高度がある建物。その最上階に設置された展望台に君と二人、肩を寄せ合って眼下に広がる地上を眺めていた。時刻は16:30。20:00まで解放されているらしかったから、どうも半端な時間帯だったのだろう。僕達二人以外の姿を見る事は終始なかった。もう少し遅くなって、街が夜の瞬きに彩られる頃にもなれば、その美しい夜景を求めた恋人たちも姿を現したのだろうけれども。
 西に開かれたスペースからは薄い雲に遮られた夕焼けが望まれた。射光がのんびりと赤味を増していく。雲の為か、季節の為かは判別がつかなかったけれども、それは何とも優しげで物憂い風情だった。
 天井は半吹き抜けになっていた。これほど高い場所に登ってもまだまだ空は遠くて、音もなく登っていく煙草の煙りですらも天上に至る術を知らぬらしく、秋風に散っていく。
 眼下に視線を返した。長年住み慣れた場所が小さく見えた。「あれがアーケード。あの光るのが国分町」などと、高村光太郎が聞いたら思わず血圧が上がってしまいそうな下劣な冗談を交わして、君とくすくす笑った。
 少しずつ気温が下がってきた。人は来ない。君に僕の上着をかけた。ありがとう、と言って君は微笑んだ。キスは二回交わしたと思う。寄り添って、地上を見下ろした。普段見上げているばかりである北の地方都市の街並みが、酷く頼りない物に映った。碁盤目のように区画整理された建物の間を、数え切れないほどの車と人の群れが行き来しているのが見えたけど、それら全てがあまりにちっぽけに見えて、少し悲しかった。

 君を駅まで送った後、バイトの時間まで少し余裕があった僕は黙々と街の中を歩いてみた。時折振り返っては、つい先程までいたはずの巨大な建造物を見上げては溜息をつく。夕暮れから夜に変わろうとしている金曜日の街は活気付いてきていて、辺りに人は増えるばかりだった。埋没して歩いた。僕もまた、吹けば飛ぶようなちっぽけな一つの事象にしか過ぎなかった。一度そう考えると、擦れ違い、過ぎていく人波にどうしようもない諸行無常さを感じてしまった。不安にはならなかったし、寂しいとも思わなかったけれども、何となく何かを諦めたくなるような気持ちだった。押し殺して、足を早めた。北から吹く風は冷気を増していくばかりで、ポケットに突っ込んだままの手を思わず握り締めている自分に気付く。

 同じようにどこかを歩いているはずの君を思った。
 国分町 … 仙台の繁華街。
■2005/10/30 「喪失」
 10代はとうに昔のことになってしまった。今となってはもう、それ自体がまるで夢の中か何かの物語のようで、存在していたという事実はあっても実感がない。ただぼんやりした喪失感と、やけに痛む胸の疼きだけが残っている。
 大人になるということ。年老いていくということ。生き続けていく限り、それらは避けて通れない道なんだということは痛いほど分かっているし、何一つ文句もない。でも、この胸の痛みは本物で、狂おしいほど何かを求め、叫びだしたいような気持ちでいることもまた否定できない。

 大人になった。10代は過去の幻になった。でも、どうして何かを失わなければならなかったのだろう。夢は変わり続けていく。そしてそれに終わりはない。これまでも、これからも。ただ変わっただけなのに。まだ何一つ終わったわけではないのに。
 どうして何かを失わなければならなかったのだろう。僕はそれをこそ心から怖れていたのに。10月終わりの夜に嗅ぐ風は少しだけ冬の気配を伝えてきていて、流れていく煙草の煙りを影もなくかき消した。懐かしい匂い。また季節は巡ろうとしている。朴訥に、でも丁重に。そこに何かを見出そうとして言葉を失う僕がいた。

 どうして何かを失わなければならないのだろう。この両手から音もなく零れ落ちていく物を留めることがどうしてもできない。どうしてだろう。どうしてこんなにも失ってしまうのだろう。僕はどうしてこんなにも非力なんだろう。
 何かが変わったのか。自分が変わったのか。変わるということをどうしてこんなに怖れているのか。もう、分からないんだ。10代はとうに昔のことになって、今となってはみんなただの笑い話に貶められてしまった。悲しくて、悲しくて、悔しい。どうして何かを失わなければならなかったのだろう。どうして何かを失わなければならないのだろう。微かに冬の匂いのする風が窓の外で唸っている。開け放ってその清浄さに身を浸した。その行為が、10代の頃の自分が好んでいたことの、ただの真似事に過ぎないことに気付いて言葉を失う。それを辛いと嘆くことも、馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばすことですらも嘘臭く感じて、どうしようもない気持ちになる。

 10代はとうに昔のことになってしまった。今となってはもう、それ自体がまるで夢の中か何かの物語のようで、存在していたという事実はあっても実感がない。どうして何かを失わなければならなかったのだろう。伝えたいことはまだ何一つ言葉にならないのに。求めていた物にもまだ何一つ手が届いていないのに。どうして何かを、『何か』が何かを忘れてしまったんだろう。

 この道はまだ続いていくらしい。歩くほどに景色は変わっていくだろう。辿り着く場所はどんなだろう。先の見えない暗夜航路の途中で、いつか見失った物にまた出会えることを祈りながら、唇を噛み締めて歩き続けていく。
■2005/10/31 「秋の終わりに君と手をつなぐ」
 秋という季節はなんだかとても感傷的で、つい暗く塞ぎ込んでしまいがちになる。どうしてだろうね。周囲を注意深く見回してみると、どうやら僕だけのことではないらしくて、少しだけ苦笑したくなる。これから冬がやってくるのに、今からこんな調子でどうしようって言うんだろう。

 街は少しずつ色を失って、気の早い冬支度を始めているようだ。仙台の道々に立ち並ぶ街路樹がそれをはっきりと告げていた。今日は少し暖かい。けれどもどうにも空は不安定で、いつ泣き出してもおかしくないような風情でそこにあった。遠い青が時折霞む。ふと湧き上がって来る感傷を押さえ込んで歩いた。道の途中、気が向いて古着屋に立ち寄ってみた。仙台は古着がちょっと有名だったりするんだ。ショップはそれこそ数え切れないほどある。

 小さな雑居ビルの二階にある、落ち着いたショップのドアに入った。割と気に入っている店だ。しばらくして、ついロングコートを手にとってしげしげと眺めている自分に気付く。いくらなんでもまだ早いだろう、という声と、去年も買ったじゃないかという声が自分の中で聞こえて、そっとハンガーに戻した。気の向くままにジーンズを幾つか見たあと、今度はマフラーを見つめている自分がいた。首筋に何かがあたっている感覚がどうも苦手で、これまでマフラーにあんまり関心がなかったから、それはちょっとした驚きでもあった。
 流行なんか知らないから、どういった物が流行っているのかは知らないけれども、どうもロングマフラーが多かった。マフラーは首にしっかりと巻きつける物、という、なんとも古い考えしか持ち合わせていない自分にはロングマフラーという選択肢がこれまでなかったように思う。ちょっと面白いかもしれない、と感じた。去年買った黒皮のコートに、お気に入りだけどあんまり出番がない細身な黒のジーンズ、皮のブーツという黒一色の格好に、長くて、ちょっとだけチープなマフラーを軽く合わせてみるのも良いだろう。幾つか見て、すこしくすんだ感じの物を購入した。600円。随分安い。

 紙袋を片手に待ち合わせのコーヒーショップへ。君はすでに来ていて、二階奥の席でカフェオレを飲んでいた。いつものようにモカを手にして階段から二階へと踏み込んだ僕を真っ直ぐに見つめていた。軽く微笑むと、君もまた笑顔を返してくれる。通りに面したその席からは表の様子が良く見えるから、焦った早足で交差点を渡ってきた僕の姿をのんびり観察していたのだ、と君は言った。古着屋に長居したせいで約束の時間に遅れそうになったんだ、ごめん、と僕は答えた。
 何を買ってきたの、という君の質問に、僕は曖昧な笑みで首を振ることで答えた。やれやれ、といった表情で君は笑った。しばらくのんびりした後、コーヒーショップを後にした僕らは自然に手をつなぎ、10月の終わりの街を特に目的もなく歩いた。
 空いている方の手には、あのロングマフラーが入った紙袋が揺れていた。空が夕暮れに染まっていく。短い短い秋は音もなく通り過ぎていこうとしていた。冬になったら戯れにこのマフラーで君と僕を巻きつけてみよう。冷たい君の手を握ったまま、あの黒いロングコートのポケットに突っ込んで。そしてまた意味もなくぼんやりと街を歩きたい。冬の仙台は随分綺麗だから。

 そんな恥ずかしい妄想を君に言えるはずもないまま。秋の終わりに君と手をつないで、まるで明け方の夢のような寂しさで少しずつ葉を落とす街路樹を二人で見上げていたりする日のことだ。


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