200609
■2006/9/20 「太陽を待ちながら」
 海に煙る遠い島々を見ていた。凪いだ波頭はそのまま空と交わり、延々と砕けている。波音でさえも掴めそうな気がして、嵌め殺しの窓にそっと額をつけてみた。
 九月の終わり。気紛れに夏の暑気が帰ってきた真夏日の夕暮れ。夏影は淡く、ひたすらに僕の胸元で消え失せていく。渦巻き、褪せて行く海を見ていた。こんな寂しい音の無い風景を、君と肩を寄せ合い眺めている。幸福も悔恨もここには届かない。ただ過ぎていく一日が知らぬ顔をしてたゆたうのみだ。
 宮城県石巻市雄勝町白銀岬。その突端にひっそりと立つ、酷く静かなホテルが今回の宿だった。

 海に煙る遠い島々のどこかに懐かしい詠嘆を探しあぐねて、僕らは虚空に微笑んでみる。二人が握るのはなんていうことも無い今でしかなく、二人が固執するのは今や影も無い過去でしかなく、二人が見ないでいようと望むのは埒も無い明日でしかない。

 日の出は5時22分だそうだよ。
 頑張って起きようねえ。

 雲の色はとんでもなく遠すぎて、僕らはどうしても名前を付けられずにいた。目に映るもの全て、何もかもを、簡単に笑い飛ばしてしまう事も出来ずに、そっと握り合う手は汗ばんでいくばかり。

 音の無いこんな場所で、たった一度限りの約束をしよう。手の届きそうな、しかしそれが不可能である事も明らかな波音の向こう、海に没していく夕暮れの中の遠い島々に見た夢を、すっきりと忘れてしまって。永遠なんて無いさ。必要も無い。僕らがここにいて、二人、聞こえる訳も無い波音を待ちながら、どうしようもなく言葉を失っていったこの瞬間を、いつまでも胸に刻むというだけの退屈な約束を。ああ君、それだけは覚えていてくれるかい。
 こんな寂しい夏の終わりの景色の中で僕らは次第に秋ばみ、小さな指切りと笑みを交わして、幾度目か知れないキスをしながら永遠を突き抜ける。遠い朝日を待ち侘びて、吹き去っていく海風に少し震えながら、空の青さの向こうにまで突き抜けていく。
■2006/9/27 「眩暈、行為は終わっていく」
 届かない物に手を伸ばし続けるのは美徳なのか。いや、そんなことは気にした事も無い。どうしようもないもの。どうしようもない欲求。原始的な果てしない希求が、いつでも僕らを駆り立てていた。届かない物が、「本当に」届かないだけの物であったのか、「本当は」元々存在していない物でしかなかったのか。そういった事からは綺麗に目をそらしたまま、眩い光へ向かって愚直に伸び上がり、目を細めていた。
 ぐるぐる回る。道は果てしなく、大地はとめどなく。僕らの道程はある日突然途切れ、迷子のような気持ちで泣き叫んでも差し伸べられる手も無くて。夢や希望や愛や金や名誉や、些細なことに価値を見出して開き直ってみたりもする。僕が欲しかったのはもっともっと綺麗な物のはずだ。もっと切実で、強固な物だ。根源的な欲望だ。手段と目的を一緒くたにして、それでも求めていた美しい陽炎だ。眩暈をこらえて漏らされた吐息ですら、今は冷えていこうとしている。
 物語の中で消費されていく「君」を、故意に握り潰すような行為。「僕」は呆然と終わりの幕開けを見た。届かない物への叫びを凍りつかせたままで。これは何の縮図だ。これは何の暗喩だ。これは何の冗談だ。嘆きめいた哄笑に耳を聾したまま、終幕の文字は滲んでいくばかり。どんな呪いも祝祭も、茜色した空の下でやがて零へと没していく。迷いという名前の、苦悩という名前の言葉遊びを繰り返して、年老いて行く名も無い有象無象に同情してみせる振りをしたまま、モノクロームの絶望の底を覗き込む。つまらない行為。やがて来る諦観に眩暈を覚えそうな快楽を置き換えて、涙を流して見せる事すらするのだ。
 手を伸ばす事をやめたら次は何をしようか。壮大な暇潰し。無意味であるという事にすら意味を見出そうとするような苦々しい空虚さを纏わりつかせたまま。ああ、退屈だね。終わっていく行為を反芻しながら、それでも綺麗なままだと思い込む努力をしようか。もう随分前から頭痛は止まないけれども。
■2006/9/29 「格好良くなんてなれない」
 君に格好悪い所なんて見せたくないんだ、と言ったら、そのセリフ自体が格好悪いよ、と笑い混じりの返答がありそうで苦笑している。ああ本当に、恋愛っていうのはお互いにどんどん情けなくなっていく喜劇みたいだね。どうしたら格好いいかなんて事がどうでも良くなる頃に、僕達は初めて素直に笑いあえる。そして気付いていく。空の高さや、夏がもうとっくに終わっていた事や、秋がちょっと顔を覗かせていた事、色づき始めようとしている遠い山々の中で静かに時が流れていた事。稜線に落ちていこうとする夕日を君と眺める事がどれほど嬉しいかという事を。冬の予定なんてまだまだ先の事だと思っているうちに、またあっという間にクリスマスになってしまいそうだという事なんかも。苦笑を交わして、そっと手を握り合う。これからしばらくは汗ばむ事も無い。日々寒さを増していく季節の中で、もっともっと強く握っていられるだろうか。そんな一抹の不安も、格好良くなんてなれない僕らには最早大した問題でもないのかもしれないね。
 美しさが何かなんて未だに見当もつかない。帰り道の途中で、二人ポカンと見上げる夕暮れ色は秋の色。生きているという事を感じられなくなった時にはこうしていつまでも君の手を握っていよう。そして、こうしていつまでも空を見上げていよう。世界は広大で、僕らのちっぽけな自意識なんて粉々に吹き飛ばしてくれるから。
 どうにも格好つかなくて、つい漏らした苦笑に、君は微笑みながら「それでいいんだ」と肩を寄せた。そうだね。これでいいんだろう。時間は過ぎていく。どんな空の色も一瞬なんだ。せめて僕らはその深さをいつまでも覚えていることにしよう。夏の消えた九月の空の下で、君と迎える二度目の秋の中で。とつとつと、冗談を交わしながら。

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