病弱な花々  〜言葉の花束〜 This text written by Akira Gotoh.
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■2005/01/11 『冬、揺らぐ空の下、君と』
例えば、目覚めてすぐに
開け放たれたカーテンの向こうから白銀の雪明りがこの目を刺すようなこと
晴れ上がることの多い太平洋側のこの北の大地では
さして珍しい事でもないけれども

例えば、目覚めてすぐに
隣に眠る温もりを無意識に抱きしめるようなこと
生きているということ
匂いと 温度
ひどく安心してまた眠りに落ちるようなこと

窓を開け放てば清浄
息を吸い込めば清廉
乱反射する雪景色の中の冬の朝に
頭が真っ白になっていくようなこと

君に伝えよう
僕達があれほど待った
待ち焦がれた
冬がほら、そこに息づいている
空は濁りがなさ過ぎてどこまでも突き抜けていってしまうから
音は雪にそっと抱かれてどこまでもクリアになっていくから
悲しみはそっと雪の下に埋めてしまって
揺らぐ空を仰いだら 両手を広げて笑おう?

コートを着て マフラーを巻いて
一度、空を見上げたら出かけよう
くわえ煙草で君の元へさ

■2005/01/17 『一つの死に』
空を見上げて
何一つ変わらない空を見上げて

君の笑顔が酷く歪んで見えた時に
友情が確かに終わった事を知る

二人で見上げて 大きな声で笑った
あの空は何一つ変わってはいないのに

最後に泣いたのはいつの事だっただろう
確かに何かが終わったはずなのに
少しも悲しいと思う気持ちが湧いてこないのは
そうだ 僕も変わったからなのだろう

黄昏が僕らを包み込んだ
春までの長い長い道
途方もない帰り道
桜を抱きしめに行く道
黄昏が全てを飲み込んだ

不確かなものを確かに信じられた時代があったということ
君がそれを忘れない事
今はそれだけを心から願おう

いつだって飛ぶ事はできたはずなのに
それを最後まですることがなかったのは
この背中に翼がなかったからではなく
僕達が嘘を重ね続けたその重さのせいだね

誰にも聞こえない声でそっとレクイエムを
僕達の失われた眩さに

こんな歌は歌いたくない
こんな歌は歌いたくない
こんな歌は歌いたくない

僕達が守ろうとした物が何なのか
もう 思い出せないんだ

ああでも 空は何一つ変わっていないのだ
二人見上げたあの深い夕闇色のまま

■2005/01/30 『君の手を取って、朝を待つ』
今、どこかで男が殺された
酷い殺され方だった 何一つ美しい所のない
一方的な殺され方だった

彼を殺したのは悪意以外の何物でもない
圧倒的な暴力が彼を破壊した

彼はその胸の中に幼い子供を抱えていた
子供はまだ生きていた
そしてその全身を震わせてこの世界に向けて泣き叫んだ

生命!

ああ、ああそうだ
僕達は 僕達は

僕達は穢れながらも
新しく生まれ来る命を諸手を挙げて迎えよう
そして君の手を取ろう
そして共に生きていこう
そして光り輝く未来を共に目指そう
この絶望的な夜の中に 塗りつぶされた闇の中に
僕達は泣き叫び そして大声で笑おう

どれほど詫びても もう許される事はない
だから朝を待つ
この夜の中で生を受けて
生まれた瞬間に呪われていく子供達と
新しい朝焼けを待つ
そして辺りを鮮明にする朝日の中で僕達は
確かに人間になる

今、どこかで命が生まれた
僕達は 僕達は
諸手を挙げて君を迎える
そして力いっぱい君を抱きしめ
共に朝を待つ

君の手を取って

■2005/02/06 『黄昏の中で、君の手を』
さようならのかわりに
君はぎゅっと僕の手を握った
黄昏に街は溶けて
いつか、僕達もそこからいなくなる

自由を自由だと信じられた時代が
確かに僕達にもあったのかもしれないけれど
今はほら この手には何も残ってはいないから

君は見下ろしている
高い丘に上って
この街を そして僕の全てを
欲望はいつしか形を変えて
穏やかな快楽を知った
戦う力を奪われて
ほら ここで静かに笑ってるんだ

手を取って そして笑って
望みはそれだけだから
いつのまにか色を失った絶望が 痩せて、転がる

僕達が最後に望んだのはきっと
誰も知らない楽園のような箱庭だった
いつか行こうね 二人で
二人きりで

黄昏に染まり溶ける西の空
振り返れば東の空に透明な闇
痛みを痛みと言ってしまえる幼さは
もう僕達には残されていなかった
ただ、昔どこかで見た映画のように
ひたすら手を握り合っていたんだ

髪をなで上げて遠くへと吹き去っていく風の中
僕達は黄昏に別れの歌を聞く
変わらないものがあるとしたらきっと
それを悲しいと思うこの気持ちだろう
それすらもやがては失われていくのだろうか

さようならのかわりに
僕達はぎゅっと手を 強く、手を
黄昏に街は溶けて
いつか、僕達もここをあとにする

■2005/02/25 『ありがとうさようなら』
見上げた空は澄んでいながらも少しだけ優しさを覗かせている
路傍の雪の下に埋まるいつかの光景を
そっと君に伝えよう

ためらいながらもこの道に新しい足跡を残して
僕たちもまたこの場所を過ぎていく
でも どうして何かを失わなくてはいけないのだろう

ありがとうさよなら
忘れない、という約束はしないでおこう
でも、きっと思い出すという願いは秘めておこう
春が来るよ 新しい季節が
まだ名前のついていない感情を持て余しながら
それでも僕らは歩いていこうとするから
視界を覆う花景色に向かって歩いていきたいと願うから

誰かに伝え忘れた言葉がふと暗闇に漏れるように
垂れ込めた空から一片の雪
受け止めた手のひらの中で名残もなく消えていった

さんざめては散り果てる想いの欠片に
何か、約束をしなかった?
どうして何かを失わなければならないのだろう
ここはまだ途中なのに
まだ何も伝えきれてはいないのに

ありがとうさよなら
でも僕が言えるのはただこの言葉だけ
ありがとうさよなら
行き果てる道の終わりで僕たちは何かを手にできるだろうか
閉じられていた瞳を開いて この過ぎ行く場所を
そっと そっと 抱きしめたいと願った

枯れ木にはまだ芽吹きがないから
懐かしい子守唄を口ずさんで春を待つ
ありがとうさようなら
もどかしい言葉を捨て去って
君を抱きしめる 強く抱きしめる

■2005/03/06 『春に懐かしい歌を』
どこにでもある場所へ行きたいと願うのは
きっと馬鹿げた考えなんだろう
でも、どこにでもある言葉で想いを伝えたいと願うのは
きっと素敵なことなんだろう

当たり前のことを当たり前だと言い切ってしまうことが
どうしようもなく怖くて

行きたい場所に行きたいだけ
なりたいものになりたいだけ
願いはただ、それだけ

春が来てひとりぼっちの君に
どうか新しい風が吹くようにと歌えば
道端に座り込んでいる僕らをからかうように
迷いの無い南風が通り過ぎていく

頭を巡らせて道をぼんやりと見つめてみれば
それはいつだって不確かで
様々な可能性に満ちていたのに
僕達はいつのまにかそれを忘れてしまって
とても分かりやすくて平坦な場所を歩いてしまってきた

ねえ
ありきたりな言葉だけど どうしても伝えたいんだ

この手を取ってもう一度歌って
行きたい場所に行ける なりたいものになれる
桜が咲く頃にまた出会おう
柔らかな春の草を踏んで
いつかのように懐かしい場所までかけて行こう
終わりの無い追いかけっこ
遠くから響く歌声 純粋な笑い声
僕達がかつて確かに持っていたものと信じていたもの
ちょっとだけ忘れていただけだから

どこにでもある場所に行きたいと
本当にそう思ったわけじゃない
いつだって僕達はまだ誰も行き着いたことの無い場所に
誰でもない、自分の足で辿り着きたいと願っていた

どこにでもある言葉でもう一度歌おう
懐かしい歌を歌おう
春が来てひとりぼっちの君が
ふと振り返る道の果てにいつでもそれは響いていた

君が懐かしいのは こんなにも懐かしいのは
また出会いたいとそう願っているから

春風に乗ってまた歩き出す
道なんて無かった
それはいつでも作り出すものだった
重い腰を上げて さあ始めよう
いつものように肩を組んで
少しだけふらつきながら

■2005/03/14 『BRILIANT WORLD』
透明な時計を欲しがるような そんな馬鹿げた行為を繰り返す君は
夢なんて物を決して語りはしないだろう
冷めたふりで辺りの顔色を窺っているんだ

Welcome to BRILIANT WORLD.
Kiss my ASS.

憂鬱な振りをして紡ぎだす洒落た言葉は まるでご機嫌取りの流行歌
明日には忘れられて捨てられてしまうのさ
独り芝居に疲れきった老旅芸人は
やがてライムライトを求めては階段から転げ落ちる
君はそんなことからすらも顔を背けているのさ

童話のような優しさで君に絶望を教えよう

有頂天で即昇天 あまりに早すぎたオルガスムス
それはCoitusにすらなりえない数学者オナンの悲劇
喜劇? 笑い飛ばせばいい
下卑た顔がよくお似合いだろう

ある日 見知らぬ立派な大人に保証された立派な人生とやらは
あっけなく木っ端微塵に壊されました
マニュアルはまだ見つかりません
往来には毒入りの茨の群れがギラついた目でこちらを見ているから
仮想現実世界における仮想自己主張
生存欲求のねじれた地平で僕たちは愛を叫び
やがて訪れるはずのザバダックを待ちながら
マヨヒガに迷い込む為の不毛な攻防戦を繰り返し
押し合い へき合い 刺し合い 愛し合い
白濁とした妄想を声高に触れ回り飛ばしあう
輝ける世界で それは生臭い愛のアカシ

Welcome to BRILIANT WORLD.
Kiss your Fuckin'paranoia.

心の無いかかしにどんな名前を付けてやればいい?
まるで数値化されたRGB
つまりはそういうことなんだろうな

■2005/03/24 『再見』
幾度も繰り返した言葉をまた君に贈ろうと思う
幾度繰り返してもなんだか言い馴れない言葉
僕たちがどこかで探し求めていた些細な扉は
今こんなにも大きく開け放たれて
少しだけ拍子抜けしていたりもするんだ

いつか歩きなれてしまったこの道が
また新しい光で満ちては僕たちの背中を押すから
いつまでもそうであるように
僕たちを照らし出して透き通っていくのは光だから
道の木々にはもうすぐ花が咲くだろう
そしてまだ誰も知らない歌がその下を流れていく

花が咲く頃 僕らは出会い
花が散る頃 親友になった
花が咲く頃 僕らは別れ
花が散る頃 手を振り合う

春の光は優しすぎて時に景色を霞ませた
春陽炎の向こうに消えていくこの道を
歩きなれてしまったこの道を
今日は少しだけ違う気持ちで行くよ
大きく振り合う手は 大きく呼び合う名前は
まさしくこの場所でこそ響くべきものだから
うつむかず腕を精一杯伸ばして誰かを見送ろうとする時
いつもその光景を染め上げてきた光は
僕たちが浴びてきた陽射しは
ああなんて優しいものだったろう

幾度も繰り返した言葉を君に贈ろうと思う
さようなら 元気で
幾度も幾度も繰り返されてきた美しい言葉を君に贈ろうと思う
さようなら また会おうね
言葉にならない想いを君に伝えようと思う
さようなら ありがとう 本当にありがとう

またね!

■2005/04/02 『春の目覚め』
春の目覚め 人は酔い
視界を覆う花満ちる幻想に夢を見る
ゆめまぼろしに囚われて不恰好に舞えば
いつしかどこかで通り過ぎてきたような景色だ

窓を開け放ち 最初にすることは呼吸
風は吹き、命の目覚めを伝える
窓を開け放ち 空を見上げれば
霞みがかった遠景の果て、春が聞こえる
花が開き 鳥が歌い 人々は外套を放り投げ
先を急ごうとする果ての道が光に満ちる

またここから始めよう
春は何かを始めるのにとても適した季節だから
でもその前に 生まれたばかりの下草を踏んでいつもの道を歩こう
身軽になった体を大きく伸ばして
いつもの面子で歩いていこう

遠い潮騒が光の中でさんざめく
よく似た森のざわめきが心の奥で掻き乱れる
声を張り上げ陽射しに歌えば遥か彼方へと響き渡る暁声が
思いがけないこの場所で幾千もの可能性を揺らしては咲き誇る

さあ始めよう
準備は出来た? さあ行こう
揺らめいては過ぎ去っていく季節に微かな足跡をつけて
僕たちは懐かしい季節の中 また歩き出す
新しい何かを探して

■2005/04/14 『ととつ』
夜の底に俯き沈んだようなこの場所を
眠りの中から漠然と浮かび上がらせるものがある
非常口と書かれた憂鬱な暗緑発光の照らす出口
こんな寂しくて艶めかしくて暴力的な夜には
そんな心許ない偽りの光でさえも
たった一つのモルヒネにしてしまうようで

悲しみは湿った淵に積もり澱む
そしてその淵には鬼が住むのだ
時の去る間に忘れられた悲しみが
こんな寂しい場所で彼に降り積み
彼の人の名を問へば響と応ふ

ととつ ととつ ととと とんとん
雨だれは落ちて音を散らした
うおん うおおん おおおお おあお
隙間風の寝息の安らかな絶息
こなたよりかなたまで月は滑り日は落ちる

どうして と聞き返しました
お母様は何も応えて下さいませんでした
落ちて行く雪片の合い間合い間に
さあらさら流れる恋ぞ曲者
曲者かんな さあらさらさら
稲穂ふらふら風次第
ゆえに新しきものを欲するか と
重ねて問われたその言葉に酔わされて
限りあるものをすっかり磨り減らしてしまいました

悲しみは音の無い湖の底に横たわる
奏でられる色のない詠嘆に
たった一度だけ手を振り 帰るよ

■2005/04/23 『春の月の下』
虚ろになって行く君の後ろ姿を追いかけていこう
こんなに鮮明な春の月の下
音も無く濡れる下草を踏み分けて
君の香を追いかけていこう

黄昏 染まる幻のような部屋で
最初に扉を開けたのは
きっとまだ希望という言葉を信じていられたから
君は失われる 僕は損なわれる
笑顔 そんなつまらない物だけを
求め続けてはまた日が暮れる

彼女の名前は
口に出した先から消失していく
彼女の声は
薄らいでいく記憶の中で甘い嘘をつく
あの花は
そうだ僕が君に捧げたかった花
手の中でうなだれては端から枯れて行った

春の野原 空には虚ろな月
彼女の声 降り出す春雨の中で
やがて全て溶け果てた

右手を差し出した
君は左手でそれをとった
僕達は肩を並べて歩いた
足元は夜露で光り渡っていた
君が口を開いた 僕は耳を澄ました
さようならと君の唇が動いた
僕は獣になった

どうしてあの時二人、泣きたくなったのだろう
こんなに鮮明な春の月の下で
僕達は最後の指切りをする

■2005/04/28 『大人の歌』
歌おうと口を開いたけど
どうしても言葉が出てこない
空を仰げば呆れるほどの青空だ

木漏れ日を抜けて懐かしい野原へ
下草に横たわり時を潰せば
いつしかどこかで見失ってきたような空だ

春の風の中に見知らぬ明日を探して
草原の中で向かえる夕暮れの挽歌を聞く
こんな場所へと迷い込んでしまった少年に生まれた
いかんともしがたい風穴の中に紅が満ちる

歌いたかった でも
この場所に この場所のために
歌う歌を知りはしなかった
夕闇と別れの狭間に抗う力も無く
懐かしい童謡を探しては悲しみを覚える

花はささやかに揺れて心を壊した
繰り返し囁かれる時の言葉に導かれて
僕は一番奥にしまっておいた
かけがえのない物を殺してしまったから

大人には大人の歌があるのだそうだ
それは情念と自虐で編み込まれた憂き世の花
しかし開いた口からは
今は何も言葉が生まれては来ない

歌おうとした
少年の歌は歌えなかった
言葉を失って沈黙するできそこないの大人

■2005/05/07 『五月の空の下で』
あの時あなたに伝えたいと願ったことを
今 やっと届けようと思う
この叫びはあなたの心に突き刺さるだろうか
鮮明な光の中で産声を上げる赤子の透明な感覚
五月の空は高すぎて時に寂しくなってしまうけれども

足を踏み出す場所がどうしても解らずに
それでも進みつづけた僕達が
いつか道を見失ってしまったのは
まるで何もかもが予め約束されていたかのような
そんな言葉にもならない必然だったのかな
幸福が何かなんて知りもしなかったのに
それを求めたことが間違いだったとは言いたく無いけれども

どうしてあの日 言えなかったのだろう
どうしてあの日 見えなかったのだろう
どうしてあの日 抱きしめることが出来なかったのだろう

五月の空の下で
僕達はその途方も無い光に焼き尽くされて
怯えながら暗い部屋の底へ逃げ込んだ
震える唇が伝えた言葉は
信じられないほどの残酷さで愛を教えたね

あの時あなたに伝えたいと願ったことを
今 やっと届けようと思った
でも やっぱりそれはしないでおこう
いつかのあの日のように
また忘れ去られた季節が巡り還って来るその日まで
ひとり胸に秘めておこう

懐かしい音楽が そっと耳を塞ぐ
懐かしい場所が そっと僕達を呼ぶ
懐かしい 叫びだしたいほど懐かしい君の声が そっと嘘を囁く

こんな
どこにも隠れる場所の無い圧倒的な五月の空の下で

■2005/05/16 『空、通り過ぎた後に』
どんな空の青さも一瞬だろう
木漏れ日 揺れる五月の森の中で
それでも空を見つめ続ける僕等が
やがて辿り着ける場所はどのようなものだろう

光の後を追いかけて いつしかこんな場所まで
僕達の手はすっかり大きくなって
なんだか大人の顔をしていたりするね

空は高くて風には迷いが無い
偽りの無いこんな平日の昼下がりに
それでも僕達は悲しみを覚えたりして

歌い上げられる永遠をほんの少しだけ信じてみたかった
それだけなんだ
景色を溶かしていく夕暮れの喪失感を
瞬きをしているささやかな瞬間にだけ
ちょっと忘れたふりをしていたかっただけなんだ
息を切らせてそれでも急ぎ足で
せわしなく時の階段を駆け上っていく
どうしようもない日々の成り立ちの中で
ほんの少しだけ立ち止まって
できることなら振り返りたかっただけなんだ

雲が走る 光が遮られる 木々が風に騒ぐ
揺らぎという雑多な可能性の中
僕達はそれでもつないだ手を離せずに
過ぎる時の投げかけていく悲しみに言葉もなく立ち尽くすだけ

空を仰ぐ時 いつでも知らされたことは
僕達はどこにも辿り着けないということだった

大人になることは素敵なこと と言ったのは誰だっただろう
僕はのた打ち回りながら 泣き叫びながら
両手から零れ落ちて行った物をこんなにも醜く求めているのに
そうか あの言葉を吐いたのもまた大人だった
とても幸福そうな大人が微笑しながら言ったんだった
優しい声で青い鳥を子供に読んでやるような
そんな大人が言った言葉だった

木漏れ日に揺れる色を失った道をいつの間にか俯いて歩き続けてきた
時折風が吹き抜けていって
その度に路傍に落ちた何かしらの影を激しく揺らした
それでも僕達は俯いたままで
同じように頭を垂れた僕達の影はただ黙然と道に立ち尽くしていた

握り合った手だけがとても暖かくて
でもその暖かさはいつかの黄昏の道を歩いた幼い頃の
とても大きかった柔らかな母の手を思い出させて

大人になっちゃったね と
先に口を開いたのはどちらだったのか
少しだけ照れくさそうに
そして少しだけ寂しそうに
何もない懐かしい帰り道に跡も残さずに消えて行くような
震える声で告げたのはどちらだったのか

僕達は一瞬の沈黙の後
どちらからともなく やがて大声で笑った
失われた夕暮れの帰り道にそれは溶けて消えた

どんな空の青さも一瞬だろう
でもその一瞬は鮮明すぎる清々しさで
今でも僕達の心を掻き乱しては揺れる

■2005/05/25 『こんな詩』
空を仰いでは その度に嬉しそうに笑っていた君と
もう一度だけ見たかった景色があった
時間は常に親切な友人であるけれども
時に意地の悪い恋人のようにつれないから
それはもう思い出の中だけに息づく美しさだけど

空、海、夕暮れ、春、太陽、コーヒー、待ちぼうけ
他にも沢山
誰かが何も意識せずに呟くそんなキーワードが容易く我を忘れさせる
何を見ても思い出すことは一つだけ 君のこと
ささやかに腕を開いた窓の向こうから華やかな笑い声が届くような
こんな降り込められた肌寒い午後には尚更

無気力と混乱がいつの間にか僕達から理想までも奪っていったね

空が綺麗だ 今日もそれだけが真実だ
君がいないんだ いつしかそれが当たり前だ
河沿いの道には人影も無くて
誰かが忘れていった麦藁帽子と
投げ捨てていった空き缶と
喪われて行ったいつかの情熱と
もはや語られることの無い青臭い想い出ばかりが
それでも燃えるような瞳のまま揺れていて
そんな寂しく過ぎたはずの場所をどうしてかまた独りで辿るんだ

道連れはなくても良いだろう
そんな場所に響くこの詩だけでも充分だろう
ほんの少しだけいつか嗅いだような風が吹けば
もうそれだけで終わりを受け止められるようになるだろう

空を仰いでは微笑んでこちらに手を振った
そんな君が行き果てた場所には
こんな詩なんて響くことが無ければいい

■2005/05/31 『再生』
安易な充足に満たされれば
僕達はいつも叫びだしたいようなあの気持ちを
驚くほど簡単に忘れてしまえるから
常にどこか孤独であらねばならない
過去を過去にしてしまわないよう
約束を綺麗な思い出の中の夢にしてしまわぬよう

例えば 心はバラの花だ
一輪のように見えて近付き覗き込めば
幾つもの花弁が憂鬱に歌い上げられた詩のように複雑な綾をなす

それなら僕達はバラの花束だ
行儀よく並べられ まとめられた
刺すら失った砂上の夢だ

病んだ犬のような哀れさで手軽に平安を手に入れた
朝目覚めればだらしなく寝乱れた誰かと
昨夜脱ぎ散らかした二人分の衣服と
呑み残した安っぽい酒と
どうにもならない気だるさが
揃って似たような顔をしてこちらを見つめる
嘔吐 繰り返すたびに
ほらまた 一つ何かをどこかに置き忘れてきたことに気づく

今夜 街はパレードの灯に抱きすくめられるけれど
そしてそんな光景を一緒に見てくれる人もいるけど
どうしてかな 震えが止まらないんだ
どうしてなのかな 今すぐに叫びを上げたいんだ
忘れたはずの衝動がまた体をうずかせる
手始めに隣の誰かを引き裂いてみようか
その腹の中に首まで突っ込んでみようか

どれほど美しい花もいつかは枯れるもの
願うのはただその鮮やかさが
いつかまたどこかで眩く思い出されればいい と
それだけだ

■2005/06/06 『夕立ち』
夕立ちが来るよ、と
君は少し困った顔で笑いながら言う
髪の毛がまとまらなくなってきたから、と

僕の知らないことは幾つあるだろう
窓を開け放って西の空を見上げる君が
ふと口ずさんでいる歌の他にも

暮れ始めた街並みはにわかに活気だっているのに
なぜだか少し寂しい感じもするんだ
改札を抜けてきた名も知らぬ人々が
みな一様に家路を急いでは慌しく通り過ぎていく

行く宛てもない夜行列車の窓辺に君の横顔
この列車はね 北の果てまで行くそうだよ
それなら雪が見られるのかな
流れていく景色に向かって囁く言葉に
なんだかおかしくなったりもして

夕立は街を濡らして音を消し去った
真っ暗になった部屋の中に雨の匂いが忍び込んで来た
ほんの少し感じる肌寒さと君の吐息の熱さ
部屋の中は本当に暗くて寒くて
雨の匂いがなんだか懐かしくて
でもそんなことは言い訳にはしないでおこう

赤く染まる雨上がりの街並みを後にして
僕達は夜行列車に乗り込んだ
終着駅まで なんて
それだけで気の利いた古い小説みたいだけれども
君は僕の知らない歌を上機嫌に口ずさんでは
時折窓の外に目をやって寂しく笑うんだ

こんな夕立ちの日に こんな夕立ちの日に
行き先のない片道切符を片手に僕らは
まだ見たことのない世界へと旅に出る

■2005/06/14 『EXIT』
一人薄暗い部屋にいて
とうに過ぎた情熱の残骸をしゃぶるのに飽いてしまったから
僕はどうにか新しいことをしようと思った

道は曲がりくねり無数に枝わかれし
時折現れる案内板は絶望を叩きつけたような塗り潰しを受けていて
溜め息をつく気力も最早失われているけど

一度は捨て去った悲しみは
それが叶わぬ望みであったことを
掻き毟られるほど強い自己主張の激しさで教えてくれる
僕が僕であること たったそれだけの為に
いつまで転げまわっていればいいのだろう

腰を上げて 顔を洗い 髭を剃り
さあ次にすることは何だ
僕を祝福してくれる言葉は何だ
僕に何もかもを この世の全てを
余す事無くもたらしてくれる そんな言葉は何だ

暗い部屋 窓の外から華やかな笑い声
しばし耳を澄ました後
僕はふとそこに行ってみたいと思った
そして目に留まったもの
その部屋に入ってからついぞ必要としなかったもの
初めて意味のあるものとして認識したもの
そんなものに気が付いた

随分長い時間がかかってしまったけれど
今、やっと僕は
そう、すでに年老いて それでもまだ無力な僕は
幾億もの扉を開け放ち
その奥からこぼれる無限の可能性へと飛び込む

■2005/06/27 『世界の終わりの始まりは』
この世の物とも思えぬほど美しい笑顔を見せながら
突き立てたナイフを捻り続ける天使に目を奪われていた
彼女の名前を呼んだ声は
自分でもおかしくなるくらい震えていたりして

熱を失っていく体の中で
粛々とナイフの捻られて行く先と
そっと抱き竦められた存外強い彼女の手だけが熱くて
何故だか僕は酷く安心したから
懐に入っていた銃を天使の側頭に押し付けた

例えば 太陽が眩しかったからという理由で
見知らぬ人間を撃ち殺したからといって
それがどのような罪にあたるかなんて
そんな議論をすること自体が薄ら寒くなるほど冗長だ
誰の為の物でもない欲望に
どうして名前を付けてやれるだろう

天使の体は柔らかで
僕の欲望をゆっくりと飲み込んでいった
音もなく流れる長く艶やかな花の匂いのする髪を
ベタベタした生臭い物で汚すのが忍びなかった
でも衝動は抑えられない物
しょせんそういうもの
色んな物を吐き出すよ
一番奥に吐き出すよ
たかが快楽が こんなに僕達を狂わすよ
狂わしては沢山の言い訳が必要になったりするんだ

世界の終わりは実に唐突に始まる
欲望の先から止むを得ず始まる
天使とのあいの子はやっぱりかたわなのかな
でもとても美しい子になるだろう

おこりのような震えが来て僕は白い物をぶちまけた
同時に引き鉄を引いたけど どうやら不発のようだった

■2005/07/05 『おーい!』
大地を蹴って走り始めたあの頃は
俺達の背中を遥か追い越していく遠い空の彼方の渡り鳥に
無邪気な憧れを抱いてもみたっけ
一緒になって息を切らせてくれた君の笑顔は
怖くてたまらなかった未来にでも
ちゃんと足を踏み出して行ける勇気をくれた

夢の始まりなんてどこからだったのか分からないけれども
そうやって肩を並べ笑い転げていた日々の途中で
数限りなく交わされた明るい希望に満ちた約束の数々は
今は何の力もなくうなだれてしまっているんだ

だけど

おーい おーい!
元気か? 今どうしてる?
幸せか? 夢は終わったのかい?
変わらずにいられる物なんて
何一つないって事をもう知ってしまったけれども
そして唐突な終わりはいつもなんでもないフリをしてあの扉を叩くけれども
あの頃 走り始めたあの瞬間の もうどんな言葉でも語りえない
何の曇りもない衝動めいた凄絶な幸福感を未だに忘れることが出来ずに
俺はこんな所で空を見上げてタバコを吹かしている
そして信じているんだ
どこか俺の知らない場所で
君も同じように空を見上げて苦笑いしてるってさ
たまには昔のことを思い出して
独りで越える夜を何とかやり過ごしてるってさ

おーい! 幸せか?
かつて俺達が転げまわって苦しんだ時間には
少しは意味があったのか?
会いたいなあ君に 会いたいなあ皆に
夢の欠片の切れ端を引きずって
今もまだきっと自分の足で歩き続けてるみんなに

ああ、会いたいなあ

■2005/07/15 『落日残骸』
静寂が欲しいんだ それだけなんだ
君を僕の中にいつまでもと約束したのに
いくら探しても見つからないんだ

もういいかい まあだだよ

悲しみは揺らいで儚さを知る
怒りは色を失って立ち尽くす
歳のせいさ、と笑って見せるたびに
いつかの僕をどこかに置き去って行くような
いつか、なんて、どこにも、ないけど

君は ああ、『君』は そうだ
ある日、『僕』と、出会い、愛し合い、裏切りあい、バラバラに砕けた
『あの日』は あああ、あの、日は
記憶と自責のぐるぐるに掻き回されてこんなに 綺麗

酒の味や女の体温に何かを期待したわけじゃないんだ
天高く昇って行っては息つく間もなく霧散していく紫煙に
自己を投影するなんて馬鹿げていると叫んでいた
座り込んで見下ろしたあの悪夢のようなアパートの
北側のじめついた世界のゴミ溜めのような広大な墓地の隅に
やがて夢見るように眠るように倒れこんだ離別の言葉に
ああ あああ 慟哭の代弁を望んではいなかったんだ

怒りを知れば我を忘れ 悲しみを知ればあなたを忘れてしまう
僕たちの時間には意味が無かったのかな
手を取り合って駆け上がった丘の残骸が記憶の底辺で打ち震えては
そんなことを喚き散らし自傷に飽き足らぬ憧憬を誘うんだ

もういいかい もういいよ

『君』 につたえたい こと
そうだ 無為な奇跡を祈ることはやめよう
いつか二人仰いだ落日は溶けて
残骸はもう何も語ることはない

言葉を越えて今夜 しじまとなる

■2005/07/22 『君の歌が届いた』
君の歌が届いた
君の歌が届いた
忘れもしないあの懐かしい空の下で
俯くことしか出来なくなってしまった僕の元へと
君の歌が届いた

優しい音楽に乗って僕達はいつでも現実から逃げ出そうとする
狂気を我が物顔で振りかざしてにやけてみたりもする

声も無く約束も無い
ここからどこかへそしていつかへ
さようならを言うのならもう一度だけ抱きしめてくれないか

僕達が忘れることを恐れていた
あの空と同じ色した夕暮れの中で

■2005/07/24 『昏睡』
終わりの見えない長雨と もう感じることの出来ない君の吐息が
音も無く残したモノクロの心象風景に
心はシンとした空虚になっていくばかりだ

雪が 降っている

色の無い張り詰めた景色に音も無く
白が降りてくる

夢から覚め 溜息を漏らし カーテンを開け放つ
夏を待つばかりのこんなぐずついた空の下で
入れたばかりのコーヒーの香りと
もう使う者もいない花を生ける物だけが言葉も無く朝を告げては
しかし日々を型に嵌めたように無感動にする

雨はまだ止まない

湿度について考えることはやめてしまった
軽くひねったラジオからは
意味の無い周波数のさざ波が這い出てくる
夏は まだもう少し遠いらしい

色を失った世界で
彼女の凍った唇が何事かを囁いた
雪が 降っている
一文字一文字大切な宝物に触れるように彼女は囁いた
雪が こんな世界にも降り積もる
声にならない声を囁いて そっと微笑んだ
雪が こんな世界を覆い尽くす

どこまでも張り詰めた虚空の中で僕達は
永遠の雪の中に寂しく埋もれて
その白さのあんまりさに声を失って眠りに落ちて行く

■2005/07/30 『ひぐらし』
気持ちは潮の満ち引きにも似て
定まる間もなく消えていく
夏の夕暮れはあんまり寂しくて
慎ましく鳴くひぐらしの声に心を溶かされそうにもなる

主題が見つからないまま
今日もこうしてノートを埋めた
余白こそ言いたい言葉なのに
行間にすら怯えながら
今日も完全な物を汚す

夏の夕暮れ 湿度 通り雨の匂い 水溜り
思えば夏は短すぎて
いつもその影ばかりを歌われているようだね

等身大の自分とか 素直な言葉とか 嘘偽り無い気持ちとか
そんな事を言われても戸惑うばかり
人は勝手だね こんな青臭いことばかり言っている
こんな目も覆いたくなるような幼稚さにも
とても美しい期待をかけてくれるのだから

ねえ 俺は誰に向かって叫べばいいのだろう

自分の中が擦り切れてるって
とうの昔に気付いていたのにね

ねえ 誰に向かって強がっているのだろう
いつからこのノートは暇潰しのための落書き帳になったのだろう

いつからか もう覚えていないほど昔から渇望していた"何か"
今ではほとんど心も騒がない
絶望して 絶望して やっぱり俺も諦めてしまったのか

ひぐらしはいつの間にか鳴き止んでいた

■2005/08/02 『八月の光』
左手で君の手を取った
目も眩むような八月の陽射しの中で
涼しげなノースリーブが陽炎の溜息と共に揺れていた
僕はジーンズを履いて来てしまった事を少し後悔していた

知らないことを知らないで済ませられるほど
僕らはついに大人になれなかった

真昼間のいつもの河沿いの道は
いつもの八月がそうであったように
少しの騒がしさで息苦しく照り返していて
時折夏服を翻して夏の少女が自転車で擦れ違っていく

握る手から体温を感じる
汗ばむ体から控えめなコロンが香る君
そのコロンはとても大切なときにだけつける と
確かそう言っていた慎ましい香りだ

人々の上に夏が来て
それは最早疑いようもない気だるさで
百の色で路上を彩る
夏の花の名なんて気にも留めない少女達が
こんな夏の片隅で次々と花開き 散っていく

僕もそんな場所にいながら どこか意識は遠くて
現実ともつかない夢心地の中
歌を歌うことも出来ず落ちて行くから

光 眩しくて 腕を伸ばした

君の手を取って八月の中に踏み込んだ
夏の盛りには何ができるだろう
夏の終わりには何をしていよう
夏の名残には肩を寄せ合って悼もう
夏の中に置き捨てられていく
汚れた積年をそっと悼もう

八月の光の中 汗ばむ手を取り合って
留めようもない季節の挽歌を聞く

■2005/08/09 『いつかの夏の水面(みなも)』
もう一つ何かが足りなくて
僕は夏の庭の茫漠とした光の中で立ち止まり
空を仰いで風の匂いをかんだ
夏の風は重さもなく音もなくやがて通り過ぎていく
足元で揺れた草の原は静かに音を立てていたけど
僕の問いには沈黙を返して寄こした

背の高い木々の中を駆け抜けて
蝉の後を追いかけ続けた日々からは
きっと今が一番遠い日常なんだろう

あの子の名前は何ていったっけ
小さなワンピースと麦藁帽子が似合ってた
二人でどこまでも行ったっけ
あの子は夏の子 僕の夏そのもの

太陽が真っ赤になるまで続く僕らの王国
世界は謎に溢れた大きな遊び場所
仲間とポケットの中にある物がかけがえのない宝物
変わることのない永遠の光

夏が過ぎていくなんて信じられない
君がいなくなるなんて認められない

水面に二人分の影を映して
もっと大きくなったら と
どこにでもあるような たった一つの約束をしたね
宝物だった縁日の指輪をあげるって約束をしたね
水面が夕焼け色に染まって何も見えなくなる頃
ちょっと背伸びして小さな小さなキスをしたね

水面にはもう影は映らない
僕はもう君の名前を思い出せない
ただ あの夏の匂いを狂おしく求めるだけ

■2005/08/15 『雨路に青を抱く』
夕宵の風に吹かれてよく知った道を進む
時折通り過ぎていくのは どれも懐かしく侘しい光景ばかりだ
雨が降ればいいと少し思っている
夏の雨路はそれだけで随分悲しいだろう

独りだ 道は変わらないのに
その季節季節の間に共に歩く人だけが変わっていく
独りだ 確かに隣を歩いてくれる人もいる
でもやがて辿り着くのはやはり独りの道なんだろう

生きるということについて考えようとして
すぐに止めてしまった
梢に蝉が鳴いているから
そんなあてつけ染みたことはしたくない
だから 今の気持ちに名前を付けてみようと思った
それはほんの暇潰しにもならない愚かな独り善がりだ

青 汚れ澱んだ青

そして多分この感情には音がない

青 沈黙する汚れ澱んだ青

日々と日々と日々の間で
いつのまにか育っていった無感動な心の色
光の中で消失する罪も意味もない自意識そのもののような色
繰り返す日々と限りない夜と叫び続ける力もない人々の間で
育てるしかなかった それはあまりに薄っぺらいリアリティ

夏の宵に初めて訪ねた友の今は
なるほどどうしようもない朴訥さで
季節を失っていく喪失感の喪失を伝えた

雨が降ればいいと思った
夏の雨路はそこにあるだけの激しさで
背筋から爪先までを濡らしてはまた音もなく降り止む

■2005/08/21 『君のいた季節、君といた季節』
蝉時雨の合い間から夏の空を見送る
遠く行く雲に感じるのは憧憬の置き忘れていった寂しさだ
在りし日の影を通り過ぎる風景の一つ一つに見出して
胸を抉り取られては溜息をつく
そんなつまらない大人がこんな場所で夏空の下に惑い彷徨う

君に会いたいと思った
いつかの夏の日の匂いが少しだけ思い出せそうな気がした

通り慣れてしまった道はもう何も語りかけてくれないし
あんなに好きだった歌はもう歌詞も思い出せないし
草の匂いのする夏の風はもうただ温いだけだし
あんなにも あんなにも大切だった場所とみんなはもう

君に会いたいと思った
ああ 君に会いたいと
律儀に繰り返し訪ねてくる夏という季節の
あんまり眩しい無邪気ささえも
君とならちゃんと受け止められるんじゃないか なんて

あの季節 目を閉じれば鮮やかによみがえる
君のいた季節 眩くて 少し歯がゆくて 少し苦い
夏が夏として当たり前みたいな顔で僕らを包んでいた頃
無意味な毎日が多重な色と光に揺れていた
あの季節 今でも時折夢に見る
君といた季節 やがて通り過ぎ夕闇色に消えてった

失うことを怖れるような生き方が
最終的に僕らから何もかもを奪って行ったから
僕はこの気だるい季節の中で
まだ失われていないたった一つの物を探して焼き尽くされる

君に会いたいと思った
君のいた季節で 君といた季節の中で
また 君に会いたいと、思った

■2005/08/29 『死を待つ人の家から』
遅すぎるということなんてない という慰め文句
そんな言葉を吐ける人は多分
何も失ったことがないか
もしくは失ったことを綺麗に忘れることができた人なんだろう

上手く生きていくために
少しずつ擦り減らした神経は
途中でとても鈍い感覚だけになって
そんな優しさを抱いてやがて消えていくから

街の灯は人々の欲望をありのままに切り出す

死を待つ人の家まで行って
人生を果敢に生き抜いた人の言葉を聞いた
愛に溢れたその言葉は
まるで全ての母親が子供に話して聞かせるような調子で
涙を流して受け止める人々の顔は尊厳に満ちていながらも
同時にどうしようもなく悲劇的なまでに滑稽で

今から始めよう まだ遅くはない と立ち上がる善良な人々の足元で
殺されて行った無数の魂が沈黙する

この手を 汚した
この右手で引き鉄を引き 左手で悼んだ
どこかの国では神の為に人が死ぬそうだ
それじゃあ 人の為に人が死ぬ彼の国は
人の為に全生命が傷付けられるこの世界は

上手く生きていくために
それはしょうがない事じゃないかと憤る人々の側にいて
誰のものとも知れない悲鳴を聞き続けている
やがて世界の為の子守り歌となるか
死を待つ人の家という名のこの世界の中で

忘れてしまえる強さを持った人々へ 街の灯の下で叫ぶ

■2005/09/04 『Tones』
言葉では伝わらない想いをそっと音に秘めて君がいる空へ解き放った
世界はあまりに広くて
たった一曲の拙い覚え歌は
すぐさま迷子になってしまったようだった
僕は少し苦笑して遠すぎる空を見上げた
この蒼茫な天地の中できっと君も生きている
それだけで泣きたくなるような寂しい幸せを覚えた

幸福はどこにある?
草の原揺れる真昼間過ぎの匂うような風の中で
丘の上に寝転んで眼下に広がる街並みを見ていた時の
この上ない優しい気持ちだった二人の間に
それは確かに輝いていた

言葉にはなりえない思いはどうやって伝えればいい?
でも僕らは腕も胸も持っている
抱きしめ抱きしめられることができるってこと
言葉以上のものを二人で探して
いつかどこかに辿り着けるといい

たった一曲の拙い覚え唄が朝焼けの彼方まで
明日を告げるそんな言葉の果てを君に伝えよう
たった一曲の唄で伝えよう
こんなにも頼りない僕の声でもひたすら想いを声を張り上げて叫ぼう
いつかの日に二人見上げた空の下
両腕を力一杯広げて君と僕の日々に叫ぼう

空を見上げれば君を思い出す
振り返る道の端には積もる時の残滓
見据える先にはまだ見たことのない明日
言葉では伝えられない思いを込めて
たった一つの覚え歌を君に解き放つ

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