『夏の花』

花のような という修辞が素直に似合う人だった
海に面した高台の病室の窓からは無限の蒼が海と空とに漂っていて
見舞い客達はみんな目を細めて羨ましいと笑ったが
空が広大な分だけ 海が深遠な分だけ
それらはとても残酷に彼女を傷つけた

窓から差し込む陽射しと白すぎるシーツが悲しく似合う人だった
少しだけ日に灼けたカーテンが揺れるたび海からの風が匂う
こんなにも明るい病室で
気丈に微笑むあの人の病を一層鮮明に映し出した

夏だった 思いがけないほどの夏の日だった

僕はこの 海が見える静かな病院が
東の海に面していたことに一体幾度感謝しただろう
西に没していく夕焼けが山の端の果てに飲み込まれていくとき
まるでそういうエピローグが予め用意されていたかのような
そんな歪つな予定調和の中で
花そのものだった彼女とその刻んできた拙い日一日を
気力も希望も悲しみも夢も愛も根こそぎ奪っていくような
完全な一日の終わりという寂しい幕間に
あの人をさらって行ってしまうという事が無いから

窓を開け放てばそこに朝がある純粋な慶びを
白い病室の病的な白いドアを開けて踏み込む時
僕は彼女の後方の彼方に見出すことが出来たから

朝露に濡れるあなたを幾度も求めた

ある秋の名も無い花が好きな人だった
名前が綺麗だと 僕の解らない話をしていた
花屋で探してこようとする僕を制して
秋まで待ちましょう と 微笑んだ
僕達は二人でなんとなく窓から海を見た

夏だった 鮮やかに酷薄な夏の片隅だった

花のようなあの人に似合う花は
百合、椿、葵、木犀、紫苑・・・
いずれにせよ芯が通った しかしどこか寂しい感じのする花だった
柔らかに花開きながらも まだどこか危うい花々だった
病室からは遠い道なりにヒマワリが群生しているのが見えて
夏の色をくっきりと映しては波音と共に揺れていた
夏だった 静か過ぎる夏だった
秋はまだまだ遠くて
始まったばかりの季節は永遠を思わせた

あの日 忘れようも無い
やはり季節は夏だった 夏の頂上をようやく過ぎた頃だった
誰かが持ってきたヒマワリが 床で
彼女と一緒に横たわりながら
開け放たれた窓から忍び込んだ夏の陽射しの中で
声もなく眠るようにしぼんでいた
レースのカーテンが潮風にそよいで
どこかの病室から泡のように風鈴の音が
それぞれ溢れ出し始めていた

あなたは 花 寂しげに佇む花
夏の匂いに憧れたのか
倒れた花瓶と赤く染まって行こうとする夏の夕暮れだけが
幻のような時間をそっと見つめていた
夏の色が欲しかったのか
あの陽射しに向けて
両腕を広げて眩く笑いたかったのか

海沿いの高台にある病室の窓からは
揺れる空と海の蒼さと
遠く佇む 僕達が届くことの無かった夏の花々が今年もよく見える




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