『世界の終わりの片隅で』


「あ、降ってきたね」
「・・・ん。本当だ」
「わあ、綺麗・・・」

 僕達は暗い部屋の中から夜空に流れる幾千もの流星を見た。

「そろそろかな」
「そろそろだね」

 ラジオは30分ほど前からずっと、
 ベートーベンの第九、『喜びの歌』を流している。

「あのDJの人、すごかったねえ」
「ああ。まさかこんなにギリギリまで仕事するなんて思わなかった」
「もう帰れたのかな?」
「うん。どうだろう」
「家族の所に行ったんだよね、きっと」

 最後の報は南半球の壊滅を伝えていた。
 泣きもせず、静かな声で『ありがとう』と別れを告げた、
 あのDJの最期が安らかな物となるように、祈った。
 そして、見知らぬ多くの人々の死が、
 少しでも光に満ちた物であるように、と。

「あとどのくらい?」
「ええと・・・。3時間くらいかな」
「そか・・・」

 僕の腕に抱かれて、窓越しに空を見上げていた彼女が、
 少し身じろぎして、僕の顔を覗き込む。

「私で、よかったの?」
「殴るぞ」
「・・・ごめん」

 星の降る夜。
 昔の人が思い描いた未来からは程遠い現在。
 海辺のこの町では、不況の底だった10年ほど前から、
 商店街も軒並み潰れてしまっていて、
 人の影の変わりに潮風の駆け抜ける昔のメインストリートは
 『シャッター通り』なんて言われている。

「愛してる」

 彼女がそう呟く。

「俺も愛しているよ」
「うん・・・」

 押し殺した声で。
 僕達はもう、何度目か知れないキスを交わした。

「ん・・・。明るくなってきたな」
「そろそろだね」

 枕元で光る時計を見ると、午前2時だった。

「昔さ? こんな時間に待ち合わせて、
 天体観測に行くっていう唄があったね」
「あ、あったあった! 綺麗な歌だったねえ」
「うん。そしてすごく悲しくて、優しい歌だった」
「天体観測かあ・・・」

 それは今、皮肉にしかならないけれど。

 空はもう、流星に多い尽くされようとしていた。
 大気圏で燃え尽きることの無かったその残骸が、
 地上に降り注ぎ始めた。
 遠く、地響きが聞こえてくる。
 空が、眩くなっていく。

「うわ。今のは近いなあ」
「うん。揺れたねえ」

 両手で彼女の顔を挟む。
 そして気付く。

「約束違反だ」
「え?」
「泣いちゃダメだよ」
「あれ? あ、ごめん・・・」

 もう一度、キス。
 力を込めて抱きしめる。
 彼女は押し殺した声で泣く。

「ありがとう」
「ありがとう」
「ね? 約束違反、もう一個していい?」」
「うん?」
「あのね? 私、生きていきたかった
 あなたと、いつまでも生きていきたかったよ」
「・・・。そうだな」
「もう、終わりなんだねえ」
「人が、さ?」
「なに? 突然」
「生きていく為に必要な物ってなんだろうって、
 昔、ずっと考えてた」
「うん・・・」
「食べ物とか、飲み物とか。
 でも、それだけで生きていけるものなのかなって」
「きっと、それだけじゃダメだよ」
「ああ。今、一番大切なものが分かったのに、
 それを手に入れたのに。終わってしまうんだね」
「ありがとう・・・」
「ありがとう。本当に」
「もう、窓の外、何にも見えないね」
「怖い?」
「ん〜。消えちゃった」
「そか」
「あ、本当にそろそろだね」
「そうみたいだね」
「またね。また、会おうね」
「うん。いつかは分からないけれど、必ず・・・」
「約束、だよ・・・?」

 それが最後の言葉。
 最期のキス。
 光が僕達を覆って、後は静寂が残った。





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